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なぜ発表される研究知見の大半は偽なのか(第一回)

Why Most Published Research Findings Are False

初出
PLoS Medicine 2巻8号 e124(2005年)
原語
英語
形式
全文対訳(連載・全2回の第1回。系1〜3まで)
予備知識
高校数学(確率)
訂正
2022年8月付の訂正あり(PLOS Medicine 19(8): e1004085)
連載
全2回・第1回

まず、これは何の話なのか

2005年8月、創刊まもないオープンアクセス誌 PLoS Medicine に、この一本が載った。冒頭に置かれた掲載欄の断り書きが言うとおり、これは研究報告ではなく「一般の医学読者にとって広く関心のある主題についての意見記事」、つまりエッセイである。著者は臨床研究と疫学の方法論を専門とする研究者で、本文は、発表された知見が後続の証拠に覆されるという出来事が、臨床試験や伝統的な疫学から最先端の分子研究にいたるまで、研究デザインの全域で起きていると述べたところから始まる。そのうえで、こう言い切る——驚くにはあたらない、主張されている研究知見の大半が偽であることは、証明できるのだ、と。この挑発的な題は以後よく引かれ、いま「再現性の危機」と呼ばれている議論の出発点のひとつになった。

論証に使う道具はごく初等的である。ある科学分野で吟味される関係のうち、真の関係の数と「関係が存在しない」ものの数との比を R と置く。そこに、有意と判定する敷居 α と、真の関係を捕まえられる確率である検出力 1 − β を掛け合わせて、2×2表を作る。すると、有意と出て世に出た主張のうち実際に真であるものの割合——陽性的中率 PPV——が、R と α と β だけの式として書き下せる。論文はここに二つの現実的な要素を足す。ひとつはバイアス u、すなわち、設計・データ・解析・提示のうえでの操作によって、本来なら知見にならなかったものを知見として押し出してしまう傾向。もうひとつは、同じ問いに世界じゅうの何十というチームが取り組み、そのうち一つでも有意を出せばそれが注目を集める、という事情である。これらを動かすと PPV がどう動くかを見て、そこから「系」を番号つきで並べていく。これが全体の運びである。

読む前に三つ。第一に、この論文の「研究知見」と「偽」は、いずれも狭く定義されている。研究知見とは、統計的有意性に達した任意の関係のこと——有効な介入、情報量のある予測因子、危険因子、連関——であり、偽とは、その関係が実際には存在しないという意味である。捏造や計算間違いのことではない。第二に、この論証は条件つきである。PPV は R・α・β・u・チーム数 n の関数であって、これらの値そのものを論文が測ったわけではない。分野ごとにもっともらしい値を置いて、そのときどうなるかを見せている。だから読みどころは「大半は偽だ」という結論そのものよりも、どの値をどこに置けば数字がどこまで崩れるか、という感度のほうにある。第三に、この枠組みは「p < 0.05 で二分する」という慣行を前提として組まれている。論文はまさにその慣行を批判しているのだが、批判の足場としてはそれを使う。批判の対象と道具が同じものだという、ややねじれた構えである。

全2回の第1回であるこの回は、要旨と導入、2×2表による PPV の導出、バイアスと複数チームのモデル、全ゲノム関連研究を例にとった具体例、そして系1から系3までを読む。系1〜3は、研究の規模・効果量・検定される関係の数という、いわば研究の「かたち」にかかわる三つである。なお、掲載誌のページには2022年8月付の訂正へのリンクが置かれている(本文の一行目に見えるのがそれである)。

読む前に

この論文が使う数学は、掛け算と割り算、それに確率の初歩だけである。ただ、術語が立て続けに出てくるので、先に道具を四つ並べておく。以下に出す数値例は、説明のために編者が作ったもので、論文にある数字ではない。

道具1 α と 1 − β——二種類の間違え方

検定は、「関係なし」という想定を立てて、手元のデータがその想定のもとでどれだけ珍しいかを見る。珍しさの敷居を有意水準 α と呼び、慣例で 0.05 に置く。本当は関係がないのに「ある」と言ってしまうことを二十回に一回まで許す、という取り決めである。これが第一種の過誤。逆に、本当は関係があるのに取り逃がすのが第二種の過誤で、その率を β と書き、1 − β を検出力という。関係が本当にあるとき、それを捕まえられる確率である。煙感知器にたとえるなら、α は料理の湯気で鳴ってしまう率、1 − β は本物の火事でちゃんと鳴る率にあたる。ここで大事なのは、α が慣例で固定されているのに対し、検出力のほうは標本の大きさと、探している効果の大きさで決まってしまう、ということだ。論文の系1と系2は、まさにこの一点から出てくる。

道具2 研究前オッズ R

ある分野で吟味される関係のうち、真の関係の数と「関係なし」の数との比を R と置く。比が 1 対 9 なら R = 1/9 で、任意の一つが真である確率は R/(R + 1) = 1/10。比を確率に直すだけの話である。R は分野に固有で、桁で違いうる。ありそうな度合いの高い関係を狙い撃ちにする分野と、措定されうる何百万もの仮説のなかからただ一つを探す分野とでは、まるで違う。編者の例で言えば、候補を絞りきった確証的な試験なら真と偽が 1 対 1 に近いこともあろうし、総当たりの探索なら 1 対 10万ということもある。この一つの数が、以下のすべてを支配する。

道具3 2×2表から PPV へ

c 個の関係を検定するとしよう。そのうち真の関係は c・R/(R + 1) 個、関係なしは c・1/(R + 1) 個ある。真の関係のうち有意になるのは検出力 1 − β の割合、関係なしのうち有意になってしまうのは α の割合。だから「有意になった」もの全体は (1 − β)・cR/(R + 1) と α・c/(R + 1) の和で、このうち真であるものの割合が PPV である。c も (R + 1) も約分されて、

PPV = (1 − β)R / ((1 − β)R + α) = (1 − β)R / (R − βR + α)

これが本文に出てくる式である。目を留めるべきは、分母に α がそのまま残ることだ。真の側は R によって薄められるのに、偽陽性の側は薄まらない。R が小さい分野——つまり探索的な分野——では、(1 − β)R が α に負ける。そうなった瞬間、PPV は 0.5 を割る。論文が「(1 − β)R > α であれば、その知見は偽であるよりも真である見込みのほうが大きい」と書くのは、この分かれ目のことである。数を入れてみると、この分かれ目がいかに近いかが分かる。

検定する関係 1000 関係なし 900 有意になる 45 発表される「知見」 95 うち真は 50 → PPV ≈ 0.53 検出力が 0.2 なら 20 対 45 で PPV ≈ 0.31 *数値は編者が作った例。論文の数字ではない。 真の関係 100 有意になる 50 ×0.5(検出力) ×0.05(有意水準)

十本に一本が真という、それほど悲観的でもない分野で、検出力が半分。それだけで、発表された知見の当たり外れはほぼ五分五分になる。検出力が 0.2 に落ちれば三割を切る。ここまでが、バイアスも競争もない、誰もが正直に振る舞った場合の話である。

道具4 バイアス u と、チームの数 n

u は、探索された解析のうち、本来なら「研究知見」にならなかったはずなのに、操作のせいで結局そう報告されてしまうものの割合である。患者の都合のよい出し入れ、事後のサブグループ解析、当初指定していなかった比較の追加、定義の変更、選択的な報告——本文が挙げるのはそうしたものだ。u が加わると、真の関係のうち取り逃していたものの一部も拾い上げられるので分子も少し増えるが、関係なしの側からはそれ以上に多くが繰り上がる。差し引きで PPV は下がる。バイアスを偶然変動と混同しないこと、と本文がわざわざ念を押すのは、この u が「完璧に行っても残る運の悪さ」とは別建ての量だからである。

もう一つが n、同じ問いに取り組む独立なチームの数。一つでも有意を出せばそれが知見として世に出る、という状況を考える。関係が本当にないとき、n 回のうち少なくとも一回まちがって有意になる確率は 1 − (1 − α)ⁿ である。α = 0.05 なら、n = 14 で五割を超える(0.95¹⁴ ≈ 0.49。編者の計算)。一方、真の関係を少なくとも一つのチームが捕まえる確率は 1 − βⁿ で、こちらも n とともに増えるが、上限の 1 に早く頭打ちになる。両方が増えるので、正味でどちらに転ぶかは目分量では決まらない。論文はこれを同じ2×2表に入れて計算する。その帰結が何であるかは、次回の系にかかわる。

用語と鍵語の読み方

この回の鍵語はほとんどが統計学の術語で、日本語の定訳が分野によって揺れるものが多い。本文の訳では次の語をあてた。

原語読み訳と意味
research findingリサーチ・ファインディング研究知見。この論文の定義では「統計的有意性に達した任意の関係」——有効な介入、情報量のある予測因子、危険因子、連関など。日常語の「発見」より狭く、機械的である。
falseフォールス偽。主張された関係が実際には存在しない、という意味。捏造や計算間違いのことではない。「誤り」と訳すと後者に寄るので「偽」を採った。
power (1 − β)パワー検出力。検定力とも訳される。真の関係があるとき、それを有意と判定できる確率。標本が大きいほど、また効果が大きいほど高い。
positive predictive value (PPV)ポジティヴ・プレディクティヴ・ヴァリュー陽性的中率。有意と主張された知見のうち、実際に真であるものの割合。診断検査の語を、研究そのものの当たり外れに転用したもの。
pre-study odds (R)プリスタディ・オッズ研究前オッズ。ある分野で吟味される関係のうち、真の関係の数と「関係なし」の数との比。確率に直せば R/(R + 1)。分野に固有の値で、桁で違いうる。
bias (u)バイアスバイアス。本来なら知見にならないものを知見として生み出す、設計・データ・解析・提示上の要因の総体。完璧な研究でも起きる偶然変動とは、はっきり別物とされる。
effect sizeエフェクト・サイズ効果量。関係の大きさ。相対リスクやオッズ比で測る。喫煙と癌なら3〜20、多遺伝子性疾患の遺伝的危険因子なら1.1〜1.5、というように分野で桁が違う。
nullヌル「関係なし」。真の関係が存在しない状態。統計学では「帰無」の語をあてる場面もあるが、本文では読みやすさを採って「関係なし」とした。
corollaryコロラリー系。証明された事柄から直ちに導かれる帰結。この論文の後半は「系1、系2……」と番号を振って並ぶ。
gold standardゴールド・スタンダード金標準。突き合わせの基準となる真の姿。ここでは「その関係が実際に存在するかどうか」そのものを指す。

対訳本文

English
現代日本語訳
掲載区分の表示と、後年付された訂正告知

Essays are opinion pieces on a topic of broad interest to a general medical audience. Aug 2022: Ioannidis JPA (2022) Correction: Why Most Published Research Findings Are False. PLOS Medicine 19(8): e1004085. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1004085 View correction

エッセイとは、一般の医学読者にとって広く関心のある主題についての意見記事である。 2022年8月:Ioannidis JPA (2022)「訂正:なぜ発表される研究知見の大半は偽なのか」PLOS Medicine 19(8): e1004085. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1004085 訂正を見る

かみくだくと
本文ではなく、雑誌の側が付けた枠組みの表示である。二つのことが書かれている。第一に、この文章が載っている欄の定義——「エッセイ」は意見記事(opinion pieces)だという説明。つまり編集部の区分としては、これは新たなデータを報告する研究論文ではなく、意見を述べる文章として掲載されている。以後の議論がシミュレーションと数式を用いるにもかかわらず、掲載区分は意見欄だという事実は、この論文の受け取られ方を考えるうえで小さくない。第二に、後年(2022年8月)に同じ表題の訂正が同誌に出ており、そこへのリンクが張られている。この単位は訂正の中身については何も述べていないので、何がどう訂正されたかはここからは分からない。読者としてはここで、原論文が長く読まれ、長く点検され続けたという事実だけを受け取っておけばよい。
要旨——知見が偽になりやすい六つの条件

There is increasing concern that most current published research findings are false. The probability that a research claim is true may depend on study power and bias, the number of other studies on the same question, and, importantly, the ratio of true to no relationships among the relationships probed in each scientific field. In this framework, a research finding is less likely to be true when the studies conducted in a field are smaller; when effect sizes are smaller; when there is a greater number and lesser preselection of tested relationships; where there is greater flexibility in designs, definitions, outcomes, and analytical modes; when there is greater financial and other interest and prejudice; and when more teams are involved in a scientific field in chase of statistical significance. Simulations show that for most study designs and settings, it is more likely for a research claim to be false than true. Moreover, for many current scientific fields, claimed research findings may often be simply accurate measures of the prevailing bias. In this essay, I discuss the implications of these problems for the conduct and interpretation of research.

現在発表されている研究知見の大半は偽である、という懸念が高まっている。ある研究上の主張が真である確率は、研究の検定力とバイアス、同じ問いをめぐる他の研究の数、そして重要なことに、それぞれの科学分野で吟味される関係のうち、真の関係と、関係が存在しないものとの比に依存しうる。この枠組みでは、ある研究知見が真である見込みは次のような場合に低くなる——その分野で行われる研究の規模がより小さいとき、効果量がより小さいとき、検証される関係の数がより多く、その事前選別がより乏しいとき、デザイン・定義・アウトカム・解析法における自由度がより大きいとき、金銭上のものその他の利害と予断がより大きいとき、そして統計的有意性を追ってその科学分野により多くの研究チームが参入しているとき。シミュレーションが示すところでは、大半の研究デザインと設定において、研究上の主張は真であるよりも偽である見込みのほうが高い。さらに、現在の多くの科学分野において、主張される研究知見は、しばしばその分野に行き渡っているバイアスを正確に測った値にすぎない、ということがありうる。本エッセイでは、これらの問題が研究の遂行と解釈に対して何を含意するかを論じる。

かみくだくと
全体の設計図がここに畳み込まれている。読み方の勘所は、この段落が問うている確率が何の確率かを取り違えないことである。ここで問題にされているのは「ある主張が真である確率」であって、統計的検定が通常与える量ではない。この単位は前者を、四つのものに依存させている——検定力、バイアス、同じ問いを扱う他の研究の数、そしてその分野で吟味される関係のうち真の関係と関係なしのものとの比、である。四つ目に「重要なことに」と断りが付いているのを見落とさないでほしい。分野そのものの性質が、個々の研究の出来と並んで、あるいはそれ以上に効いてくるという主張だからである。 直観を、著者が挙げていない例で訳者が補うと、こうなる。ある分野で調べられる関係のうち、本当に存在するものが千に一つしかないとする。検定が誤って「関係あり」と言う率が二十に一つだとしても、千の候補を調べれば、当たりは一つ弱、外れからの誤報は五十件ほど出る。有意と報告された知見の大半は偽になる——検定そのものは何も壊れていないのに、である。この段落が言う「比」とは、この千に一つの部分のことだ。 続く六つの条件は、いま述べた構図のどこを悪化させるかで整理できる。研究規模が小さいこと、効果量が小さいことは、当たりを当たりとして拾う力を削ぐ。関係の数が多く事前選別が乏しいことは、分母を膨らませる。デザイン・定義・アウトカム・解析法の自由度が大きいことと、利害や予断が大きいことは、著者がバイアスと呼ぶものを太らせる。そして最後の一つ——統計的有意性を追って多くのチームが同じ分野に参入すること——は、他の五つと質が違う。個々の研究者が全員誠実でも、集団として同じ問いを繰り返し叩けば、いずれ誰かが有意を引き当て、それが発表される。制度の側の効果である。 語調にも注意しておきたい。冒頭の一文は「大半は偽である」と断言してはおらず、そういう懸念が高まっている、と他人の懸念として置いている。以下も「依存しうる」「ありうる」と条件法で書かれ、断定は「シミュレーションが示すところでは」の一文に集中している。要旨の主張は見かけよりも慎重に組まれている。 最後の一文、主張される知見が「行き渡ったバイアスを正確に測った値にすぎない」というのは、この要旨のうちで最も刺のある一文である。測定は正確に行われている、ただし測っているのは自然ではなく、その分野の偏りのほうだ、というのだから。
書誌——二〇〇五年、PLoS Medicine 掲載

Citation: Ioannidis JPA (2005) Why Most Published Research Findings Are False. PLoS Med 2(8): e124. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124

引用情報:Ioannidis JPA (2005)「なぜ発表される研究知見の大半は偽なのか」PLoS Med 2(8): e124. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124

かみくだくと
書誌情報である。二〇〇五年、PLoS Medicine の第二巻第八号。「e124」の e は電子版の論文番号で、この雑誌が紙の頁づけを持たないオープンアクセス誌であることの現れである。誰でも無料で全文を読める場所に置かれたことは、この文章がその後たどった経路と無関係ではない。 表題そのものについて一言。ここに記された題は「なぜ大半は偽なのか」であって、「大半は偽か」ではない。偽であることを既定として、その理由を問う形になっている。要旨の側が条件法と留保で慎重に組まれているのに対し、表題は平叙で言い切る。この落差は、この論文が引用されるときにしばしば表題だけが一人歩きした事情の一端でもある。
著作権表示——CC表示ライセンスでの公開

Copyright: © 2005 John P. A. Ioannidis. This is an open-access article distributed under the terms of the Creative Commons Attribution License, which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original work is properly cited.

著作権:© 2005 John P. A. Ioannidis。本稿は、クリエイティブ・コモンズ表示ライセンスの条件のもとで配布されるオープンアクセス論文である。原著作が適切に引用されるかぎり、いかなる媒体においても、無制限の使用・配布・複製が許される。

かみくだくと
書誌の付帯部分であり、内容上の主張はない。書かれているのは許諾条件だけで、その条件は一つしかない——原著作を適切に引用すること。それさえ満たせば、媒体も用途も制限しない。 訳者の補足として一言添えると、この文言自体は PLoS の全論文に付く定型であるが、本稿についてはこの条件の効き方が大きかった。全文の無制限の複製が許されているために、要約でなく本文そのものが各所に転載され、PLoS Medicine でもっとも多く閲覧された論文の一つになっている。もっとも、この段落がそう言っているわけではない。
競合する利害の不在と、略号PPVの定義

Competing interests: The author has declared that no competing interests exist. Abbreviation: PPV, positive predictive value

競合する利害〔の開示〕:著者は、競合する利害は存在しないと表明した。略号:PPV、陽性的中率

かみくだくと
ここも定型情報が二つ並ぶだけである。競合する利害はないという開示と、略号の一覧。 一覧に挙がっている略号は PPV ひとつしかない。訳者の見立てを書いておくと、これは体裁上の情報であると同時に、この論文が一つの量に賭けていることの予告としても読める——ただしそう読めるというだけで、この単位が言っているのは「PPV は positive predictive value の略である」ということに尽きる。
覆される知見——大半は偽だと証明できる

Published research findings are sometimes refuted by subsequent evidence, with ensuing confusion and disappointment. Refutation and controversy is seen across the range of research designs, from clinical trials and traditional epidemiological studies [1–3] to the most modern molecular research [4,5]. There is increasing concern that in modern research, false findings may be the majority or even the vast majority of published research claims [6–8]. However, this should not be surprising. It can be proven that most claimed research findings are false. Here I will examine the key factors that influence this problem and some corollaries thereof.

発表された研究知見は、後続の証拠によって覆されることがあり、そのたびに混乱と失望が生じる。反証と論争は、臨床試験や伝統的な疫学研究[1–3]から、最も現代的な分子研究[4,5]にいたるまで、研究デザインの全域にわたって見られる。現代の研究においては、偽なる知見が、発表される研究上の主張の過半数、いや圧倒的多数を占めるのではないか——そうした懸念が高まっている[6–8]。しかし、これは驚くにはあたらない。主張されている研究知見の大半が偽であることは、証明できるのである。ここで私は、この問題を左右する主要な因子と、そこから導かれるいくつかの系とを検討する。

かみくだくと
導入の第一段落であり、論文全体の身振りがここで決まる。運びは五歩ある。(1)発表された知見が後続の証拠に覆されることがある。(2)それは臨床試験・伝統的疫学から分子研究まで、研究デザインの全域に及ぶ。(3)偽の知見が過半、あるいは圧倒的多数ではないかという懸念が高まっている。(4)しかしこれは驚くにあたらない。(5)大半が偽であることは証明できる。 目を留めるべきは(3)から(5)への転回である。(3)までは文献に支えられた経験的な観察で、著者は参照番号を束で挙げるだけで個別の事例には立ち入らない——この単位には具体的な研究名も器具も年号も一つも出てこない。ところが(5)で語彙が変わる。can be proven、証明できる、である。懸念の当否を新しいデータで確かめるという進み方をここで放棄し、代わりに演繹で片をつけると宣言している。末尾の「系」も同じ語彙に属する。 「驚くにはあたらない」という一文の置き方も効いている。(3)で紹介した懸念を、著者は否定もしなければ、意外な発見として売り込みもしない。むしろ予期されて当然のこととして引き取り、そのうえで理由を示すと言う。反証の頻発を研究者の不正や個々の下手な仕事に帰する道を、この一文が塞いでいる。 訳者として留保を一つ書いておくと、「証明できる」がどれだけの重みを持つかは、この単位だけでは決まらない。証明には前提がいるし、その前提が現実の研究のどれだけを写しているかは、証明そのものからは出てこない。これは訳者の一般論であって、著者がここで論じていることではない。
単一研究のp値で結論を出す戦略とその帰結

Several methodologists have pointed out [9–11] that the high rate of nonreplication (lack of confirmation) of research discoveries is a consequence of the convenient, yet ill-founded strategy of claiming conclusive research findings solely on the basis of a single study assessed by formal statistical significance, typically for a p-value less than 0.05. Research is not most appropriately represented and summarized by p-values, but, unfortunately, there is a widespread notion that medical research articles should be interpreted based only on p-values. Research findings are defined here as any relationship reaching formal statistical significance, e.g., effective interventions, informative predictors, risk factors, or associations. “Negative” research is also very useful. “Negative” is actually a misnomer, and the misinterpretation is widespread. However, here we will target relationships that investigators claim exist, rather than null findings.

何人かの方法論家が指摘している[9–11]——研究上の発見が再現されない(確証が得られない)割合の高さは、便利ではあるが根拠の乏しいひとつの戦略の帰結である、と。すなわち、形式的な統計的有意性——典型的にはp値が0.05未満であること——によって評価された単一の研究だけを根拠に、決定的な研究知見を主張するという戦略の帰結である。研究は、p値によって表現され要約されるのが最も適切だというわけではない。ところが残念なことに、医学研究の論文はp値のみに基づいて解釈されるべきだという通念が広く行きわたっている。ここでは「研究知見」を、形式的な統計的有意性に達した任意の関係と定義する。たとえば、有効な介入、情報量のある予測因子、危険因子、あるいは連関である。「陰性」の研究もまた、きわめて有用である。「陰性」というのは実のところ呼び名として適切でなく、その誤った解釈は広く行きわたっている。しかしここでは、帰無的な知見ではなく、研究者が存在すると主張する関係を対象とする。

かみくだくと
この単位がしているのは、診断の帰属と、対象の限定という二つの作業である。 第一に、再現されない知見が多いという事態の原因を、著者は自分の発見としてではなく、方法論家たちがすでに指摘したこととして[9–11]提示している。原因として名指されているのは統計そのものではなく、「単一の研究」+「形式的有意性」+「決定的な主張」という三点セットの手続きである。三つが揃って初めて問題になる、という書き方になっている点は読み落とさないほうがよい。 第二に、ここで「研究知見」という語が定義され直している。定義は「形式的な統計的有意性に達した任意の関係」であって、真であることでも、重要であることでもない。つまり著者は、自分が批判している当の慣行(p<0.05で線を引くこと)を、そのまま分析対象の定義として採用している。批判と採用が同居しているのは矛盾ではなく、議論の作り方である——現に行われている手続きをそのまま入力として与えたとき、出力がどうなるかを計算しようとしているのだから。以下の単位の数式は、すべてこの定義の上に載る。 定義が「任意の関係」と広く取られていることにも注意したい。介入の有効性、予測因子、危険因子、連関——性質の異なるものが、有意性という一点だけで同じ籠に入れられる。この抽象化が議論を一般的にすると同時に、後の批判の的にもなる。 第三に、「陰性」への言及。著者はここで、(一)陰性の研究も有用である、(二)「陰性」という呼び名は適切でない、(三)その誤解は広まっている、と三つ立て続けに述べるが、いずれも理由を述べずに次の文で対象外にしている。この単位に限って言えば、これは主張の提示であって論証ではない。読者としては、なぜ misnomer なのかの説明がここにはない、と押さえておけばよい。 訳者の補いとして言えば——著者の挙げていない例だが——「差がなかった」という結果は、実際には「差があるとは言えなかった」でしかない。前者は関係の不在の主張、後者は判断の保留であって、両者を同一視するのが著者の言う広く行きわたった誤解だと読むのが自然である。ただしこれは訳者の読みであって、この単位の原文が言っていることではない。
2×2表を立て、分野に固有の比Rを導入する

It can be proven that most claimed research findings are false As has been shown previously, the probability that a research finding is indeed true depends on the prior probability of it being true (before doing the study), the statistical power of the study, and the level of statistical significance [10,11]. Consider a 2 × 2 table in which research findings are compared against the gold standard of true relationships in a scientific field. In a research field both true and false hypotheses can be made about the presence of relationships. Let R be the ratio of the number of “true relationships” to “no relationships” among those tested in the field. R is characteristic of the field and can vary a lot depending on whether the field targets highly likely relationships or searches for only one or a few true relationships among thousands and millions of hypotheses that may be postulated. Let us also consider, for computational simplicity, circumscribed fields where either there is only one true relationship (among many that can be hypothesized) or the power is similar to find any of the several existing true relationships.

主張された研究知見の大半が偽であることは証明できる

すでに示されているとおり、ある研究知見が実際に真である確率は、それが真であることの事前確率(研究を行う前の)と、その研究の統計的検出力と、統計的有意性の水準とに依存する[10,11]。ある科学分野において、研究知見を、真の関係という金標準と突き合わせる2×2表を考えてみよう。一つの研究分野では、関係の存在について、真の仮説も偽の仮説も立てられうる。その分野で検定されるもののうち、「真の関係」の数と「関係なし」の数との比を R としよう。R はその分野に固有の値であり、大きく変わりうる——その分野が、ありそうな度合いの高い関係を狙うのか、それとも措定されうる何千何百万もの仮説のなかから、ただ一つないしごく少数の真の関係を探すのかによって。さらに、計算を簡単にするため、限定された分野を考えることにしよう。すなわち、(仮説として立てうる多くのもののうち)真の関係がただ一つしか存在しないか、あるいは、現に存在する複数の真の関係のどれを見出す場合でも検出力が同程度であるような分野である。

かみくだくと
冒頭の一行は本文ではなく節の見出しである(原文でも独立した見出しが本文に続けて組まれている)。訳ではこれを分けて示した。 中身は装置の組み立てである。第一文で、知見が真である確率を左右する量が三つ挙げられる——事前確率、検出力、有意水準。これはベイズの定理を診断検査の枠組みに載せたときの標準的な三点であり、著者はこれを「すでに示されている」こととして引き受けている[10,11]。 R の定義には二重の注意が要る。第一に、R は確率ではなく比である。真の関係の数と関係なしの数の比、すなわちオッズにあたる量であって、0から1に収まらない。第二に、R は「その分野で検定されるもののうち」の比として定義されている。つまり R は自然が決める量ではなく、その分野の研究者がどの仮説を検定にかけるかによって決まる量である。この、対象の側ではなく研究実践の側に R を置く定義の仕方が、この論文の議論全体を可能にしている。 そのうえで著者は R の振れ幅を、二つの極で示す。ありそうな関係だけを狙う分野と、何百万もの仮説のなかから一つか二つの真の関係を探す分野。後者では R は極端に小さくなる。この単位は具体的な研究分野の名を一つも挙げておらず、記述はあくまで抽象的な二極の対比にとどまっている。 最後の一文は数学的な単純化の宣言である。真の関係が一つしかないか、複数あってもそれぞれを見つける検出力が同程度である——この条件を置くことで、検出力 1−β を分野全体に対して一つの数として扱えるようになる。著者自身「計算を簡単にするため」と断っているとおり、これは実在の主張ではなく作業仮説である。 弱点として指摘しておくと、この枠組みでは関係は「真に存在する」か「存在しない」かのどちらかであり、効果の大きさに連続的な幅があるという事情が最初から締め出されている。金標準という言葉づかいが、その二値性をさらに固定している。実際の生物医学では、効果がちょうどぴったりゼロである関係よりも、無視できるほど小さい効果のほうが遥かに多いと考えるのが自然であり、この点は後述する批判の主要な論点の一つになった。
陽性的中率の導出と、(1−β)R>αという条件

The pre-study probability of a relationship being true is R/(R + 1). The probability of a study finding a true relationship reflects the power 1 - β (one minus the Type II error rate). The probability of claiming a relationship when none truly exists reflects the Type I error rate, α. Assuming that c relationships are being probed in the field, the expected values of the 2 × 2 table are given in Table 1. After a research finding has been claimed based on achieving formal statistical significance, the post-study probability that it is true is the positive predictive value, PPV. The PPV is also the complementary probability of what Wacholder et al. have called the false positive report probability . According to the 2 × 2 table, one gets PPV = (1 - β)R/(R - βR + α). A research finding is thus more likely true than false if (1 - β)R > α. Since usually the vast majority of investigators depend on a = 0.05, this means that a research finding is more likely true than false if (1 - β)R > 0.05.

ある関係が真であるという研究前確率は R/(R + 1) である。ある研究が真の関係を見出す確率は、検出力 1 − β[1から第二種の過誤の率を引いたもの]を反映する。真には関係が存在しないのに関係を主張してしまう確率は、第一種の過誤の率 α を反映する。その分野で c 個の関係が探索されていると仮定すると、2×2表の期待値は表1に示すとおりとなる。形式的な統計的有意性を達成したことを根拠にある研究知見が主張されたのち、それが真であるという研究後確率が、陽性的中率 PPV である。PPV はまた、Wacholder らが偽陽性報告確率と呼んだものの、余事象の確率でもある。2×2表によれば、PPV = (1 − β)R/(R − βR + α) が得られる。したがって、(1 − β)R > α であれば、その研究知見は偽であるよりも真である見込みのほうが大きい。研究者の圧倒的多数は通常 α = 0.05に依拠しているのだから、これはつまり、(1 − β)R > 0.05 であれば研究知見は偽であるより真である見込みが大きい、ということを意味する。

かみくだくと
論文の数学的な核心である。表1そのものは訳出の範囲外だが、本文の値から復元できるので、追ってみるのがよい。 その分野で c 個の関係が検定にかけられるとする。真の関係と関係なしの比が R なのだから、真の関係は cR/(R+1) 個、関係なしは c/(R+1) 個。真の関係のうち有意性に達するのは検出力の分だけ、すなわち c(1−β)R/(R+1) 個(真陽性)。関係なしのうち誤って有意になるのは α の分だけ、すなわち cα/(R+1) 個(偽陽性)。有意になったものは真陽性と偽陽性の二種類しかないから、 PPV = (1−β)R/(R+1) ÷ [(1−β)R/(R+1) + α/(R+1)] = (1−β)R / [(1−β)R + α] となる。分母を展開すれば R − βR + α で、本文の式と一致する。つまり本文の (R − βR + α) は (1−β)R + α を書き下しただけのもので、新しい量ではない。 さらに見通しがよいのは、比の形で書いたときである。真陽性と偽陽性の個数の比を取ると 真陽性 : 偽陽性 = R(1−β) : α となる。左辺は研究後のオッズ、R は研究前のオッズ、(1−β)/α はその二つをつなぐ倍率である。ベイズの定理をオッズで書いた形にほかならない——事前のオッズに、検査の切れ味を表す倍率を掛けると事後のオッズになる。PPV の式を丸暗記するより、この一行を持っているほうが後の議論を追いやすい。ただしオッズによる整理は式変形として訳者が付け足したもので、この単位の原文にこの形の記述はない。 次に判定条件。真陽性が偽陽性より多いこと、すなわち PPV > 1/2 は、R(1−β) > α と同値である。これが本文の (1−β)R > α である。ここで注意したいのは、この条件が要求している水準の低さである。真である確率が二分の一を超える、というだけの基準であり、その知見が信頼に足るという意味ではまったくない。著者はこの後の議論全体を、この最低限の閾値の上で進めることになる。 数を入れてみる(この計算は訳者によるもので、原文にはない)。α = 0.05 とし、検出力を臨床試験でしばしば目標とされる 0.8 とすれば、条件は 0.8R > 0.05、すなわち R > 0.0625。研究前確率に直せば R/(R+1) ≈ 0.059 で、およそ十七分の一である。つまり検出力さえ十分あれば、事前に六%ほどの見込みがある仮説を調べているかぎり、PPV は五割を超える。逆に言えば、この式が破綻するのは R が極端に小さいか、検出力が低いときである。 FPRP との関係は単純で、PPV + FPRP = 1、すなわち FPRP = 1 − PPV ということである。本文が「余事象の確率」と言っているのはこの意味である。 後世の評価についても書いておく。この論文の枠組みには、2007年に同じ PLoS Medicine 誌上で Goodman と Greenland による批判が発表された。主要な論点の一つは、この計算が p 値を「0.05 を下回ったか否か」という二値としてのみ使い、実際に観測された p 値の大きさを捨ててしまう点である。p = 0.049 と p = 0.001 は、この枠組みではまったく同じ「研究知見」として扱われるが、事後確率への寄与は本来まるで違う。この単位の式が α という固定した数しか含んでいないことを見れば、批判の当たりどころは式の上でも確認できる。
バイアスと反復検定——描像をさらに歪める二要因

https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.t001 What is less well appreciated is that bias and the extent of repeated independent testing by different teams of investigators around the globe may further distort this picture and may lead to even smaller probabilities of the research findings being indeed true. We will try to model these two factors in the context of similar 2 × 2 tables.

〔表1〕https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.t001

あまり十分には認識されていないのは、次のことである。バイアスと、世界じゅうの異なる研究者チームによって独立した検定がどれだけ反復されるかということ、この二つが〔いま描いた〕この描像をさらに歪め、研究知見が実際に真である確率をいっそう小さくしてしまいうる、ということである。われわれは、これら二つの要因を、同様の2×2表という枠組みのなかでモデル化することを試みる。

かみくだくと
つなぎの一段落だが、この論文の設計がここで決まる。第一に、追加される二要因の性格が違う。バイアスは一つの研究の内側で起きることであり、独立した検定の反復は、その研究の外側で、他人が同じ問いを何度も叩いているという事実である。後者を歪みの源として数えるところに、この単位のねじれがある。反復は普通なら検証の力とみなされるものだからである。この単位はまだ理由を言わず、そう数えると予告するだけである。 第二に、方法上の宣言がある。「同様の2×2表という枠組みのなかで」——枠組みを取り替えるのではなく、既にある表にパラメータを足していく、という方針である。以下で出てくるものは、すべて前の単位の PPV の式の変形として読める。 第三に、向きが決まっている。二要因は「さらに歪め」「いっそう小さく」すると書かれており、確率を上げる可能性はここでは勘定に入っていない。この片側性が正当かどうかは、この単位では論じられない。
バイアスを割合 u で定義し、2×2表に組み込む

First, let us define bias as the combination of various design, data, analysis, and presentation factors that tend to produce research findings when they should not be produced. Let u be the proportion of probed analyses that would not have been “research findings,” but nevertheless end up presented and reported as such, because of bias. Bias should not be confused with chance variability that causes some findings to be false by chance even though the study design, data, analysis, and presentation are perfect. Bias can entail manipulation in the analysis or reporting of findings. Selective or distorted reporting is a typical form of such bias. We may assume that u does not depend on whether a true relationship exists or not. This is not an unreasonable assumption, since typically it is impossible to know which relationships are indeed true. In the presence of bias (Table 2), one gets PPV = ([1 - β]R + uβR)/(R + α − βR + u − uα + uβR), and PPV decreases with increasing u, unless 1 − β ≤ α, i.e., 1 − β ≤ 0.05 for most situations. Thus, with increasing bias, the chances that a research finding is true diminish considerably.

まず、バイアスを次のように定義しよう。すなわち、本来ならば研究知見を生み出すべきでないときにそれを生み出す傾向をもつ、設計・データ・解析・提示上のさまざまな要因の組み合わせである。探索された解析のうち、本来ならば「研究知見」とはならなかったはずなのに、それでもバイアスのゆえに結局そのようなものとして提示され報告されてしまうものの割合を u としよう。バイアスは、偶然による変動と混同されてはならない。偶然変動とは、研究の設計・データ・解析・提示が完璧であってもなお、いくつかの知見をたまたま偽にしてしまうもののことである。バイアスは、解析における操作や、知見の報告における操作を伴いうる。選択的な報告、あるいは歪められた報告は、そうしたバイアスの典型的な形である。u は、真の関係が存在するかどうかには依存しない、と仮定してよいだろう。これは不合理な仮定ではない。というのも、どの関係が実際に真であるのかを知ることは、通常は不可能だからである。バイアスが存在する場合(表2)、PPV = ([1 − β]R + uβR)/(R + α − βR + u − uα + uβR) が得られ、PPV は u の増加とともに減少する。ただし 1 − β ≤ α である場合、すなわちたいていの状況では 1 − β ≤ 0.05 である場合を除く。したがって、バイアスが増すにつれて、ある研究知見が真である見込みはかなりの程度まで小さくなる。

かみくだくと
定義の作りかたに注意したい。バイアスは機序によってではなく、結果によって定義されている。設計・データ・解析・提示という四つの局面は挙げられているが、定義の重心は「本来ならば生み出されるべきでないときに研究知見を生み出す傾向」という結果の側にある。だから、意図的な捏造も、無自覚な解析の選択も、投稿しなかった否定的結果も、この一語のもとに入る。 そして、その全部が u という一つの数に畳まれる。u は割合であり、0 から 1 の値をとる。この単位は u が何によって決まるかを一切言わない。 式を検算すると、この定義の含みが見える。以下は訳者の計算である。u = 0 を代入すると、分子は (1 − β)R、分母は R + α − βR となり、前の単位の PPV = (1 − β)R/(R − βR + α) にちょうど戻る。もう一方の端、u = 1 では、分子は (1 − β)R + βR = R、分母は R + α − βR + 1 − α + βR = R + 1 となって、PPV = R/(R + 1) になる。R/(R + 1) は前の単位で研究前確率と呼ばれていた量そのものである。つまり、探索された解析のすべてが知見として報告されるようになれば、研究は事前に分かっていたことに何も付け加えない。バイアスの極限とは、研究が情報を運ばなくなる点だ、と式は言っている。 原文の但し書き「ただし 1 − β ≤ α である場合を除く」も、この二つの端点を比べるだけで出る。(1 − β)R/(R − βR + α) と R/(R + 1) の大小を、両辺に正の分母を掛けて比べると、(1 − β)(R + 1) と R − βR + α の比較になり、整理すれば 1 − β と α の比較に帰着する。すなわち 1 − β > α のときにかぎり、u = 0 のほうが u = 1 より PPV が高い。検出力が第一種の過誤の率以下であるような研究では、この向きが逆転する。もっとも、それは検出力 5% 以下という、研究として成立していない領域の話である。 分子に uβR という項があることも見ておきたい。バイアスは、偽陽性を増やすだけではない。研究が取り逃がしたはずの真の関係(βR にあたる部分)も、同じ割合 u で知見に変える。だから分子も増える。それでも比としての PPV は下がる。増える量が分母のほうで大きいからである。 弱いところも言っておく。「u は真の関係が存在するかどうかに依存しない」という仮定の理由づけが、どの関係が真かは知りえない、という認識論的なものになっている。しかしこれは、バイアスの働きかたが両側で同じであることの理由にはならない。訳者の見立てを言えば、真の関係がある場合のほうが、それらしい下位集団や好都合な指標が実際に見つかりやすいぶん、バイアスは効きやすいとも考えられる。原文がここで「不合理な仮定ではない」という控えめな言いかたに留めているのは、そのためだろう。
逆バイアス——真の知見を打ち消す向きの歪み

This is shown for different levels of power and for different pre-study odds in Figure 1. Conversely, true research findings may occasionally be annulled because of reverse bias. For example, with large measurement errors relationships are lost in noise , or investigators use data inefficiently or fail to notice statistically significant relationships, or there may be conflicts of interest that tend to “bury” significant findings . There is no good large-scale empirical evidence on how frequently such reverse bias may occur across diverse research fields. However, it is probably fair to say that reverse bias is not as common. Moreover measurement errors and inefficient use of data are probably becoming less frequent problems, since measurement error has decreased with technological advances in the molecular era and investigators are becoming increasingly sophisticated about their data. Regardless, reverse bias may be modeled in the same way as bias above. Also reverse bias should not be confused with chance variability that may lead to missing a true relationship because of chance.

このことは、さまざまな水準の検出力について、またさまざまな研究前オッズについて、図1に示されている。逆に、真の研究知見が、逆バイアスのゆえに取り消されてしまうことも、ときにはありうる。たとえば、測定誤差が大きければ関係は雑音のなかに埋もれて失われるし、あるいは研究者がデータを非効率的に用いたり、統計的に有意な関係を見落としたりすることもあるし、あるいはまた、有意な知見を「葬り去る」傾向をもつ利益相反が存在することもある。多様な研究分野にわたってそのような逆バイアスがどれほどの頻度で生じうるのかについて、大規模で良質な経験的証拠は存在しない。しかしおそらく、逆バイアスはそれほど一般的ではない、と言ってよいだろう。さらに、測定誤差やデータの非効率的な使用は、おそらくそれほど頻繁な問題ではなくなりつつある。というのも、分子〔生物学〕の時代における技術の進歩とともに測定誤差は減少してきたし、研究者たちは自分のデータについてますます洗練されてきているからである。いずれにせよ、逆バイアスは、上述のバイアスと同じやり方でモデル化しうる。また、逆バイアスは、偶然のために真の関係を見落とすことにつながりうる偶然変動と混同されてはならない。

かみくだくと
対称性への目配りが示される単位である。歪みには逆向きもある、と原文は認め、三つの例を挙げる。測定誤差による雑音への埋没、データの非効率な使用と有意な関係の見落とし、そして有意な知見を「葬り去る」向きに働く利益相反である。三番目だけが利害の話で、前二つは技量と装置の話であることに注意したい。 この単位の要は、そのあとの三文にある。逆バイアスの頻度について「大規模で良質な経験的証拠は存在しない」と原文は認め、それでも「おそらく、逆バイアスはそれほど一般的ではない、と言ってよいだろう」と続ける。ここは論証の継ぎ目としていちばん弱い。この論文の結論は、二方向の歪みのうち一方が他方より強く効くという非対称性に依存している。ところがその非対称性は、この単位では証拠によってではなく、蓋然性の見積もりによって支えられている。原文がそれを隠していないのは公正である。 もう一つ、原文は「逆バイアスは、上述のバイアスと同じやり方でモデル化しうる」と述べるが、この単位で実際に定式化することはしない。可能性の言明にとどまっている。 末尾でふたたび偶然変動との区別が引かれる。前の単位では偽陽性の側で偶然(α)とバイアス(u)を切り分けたが、ここでは偽陰性の側で、検出力の不足による見落としと、逆バイアスによる見落としとを切り分けている。同じ切り分けを両側で一度ずつやったことになる。 測定誤差が減っていくという見通しについては、訳者の補足を[[注:molecular]]に置いた。
図1の凡例——検出力0.20・0.50・0.80の三段

Panels correspond to power of 0.20, 0.50, and 0.80. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.g001 https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.t002

各パネルは、検出力0.20、0.50、0.80に対応する。 https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.g001 https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.t002

かみくだくと
図の凡例の末尾と、図1および表2への恒久リンクだけからなる単位である。テクストとして担っている情報は一つ、図1が三枚のパネルに分かれ、各パネルが一つの検出力の値に対応するということだけである。図そのものも表2も、この訳では見えない。 訳者が補うと、0.80は研究計画のうえで慣例的に目標とされる検出力の水準であり、0.20はそれを大きく下回る。三段はしたがって、設計のよい研究から、力の乏しい研究までを並べたものと読める。図が示す曲線の中身は、直前までの単位の議論——研究前オッズとバイアスを与えたときにPPVがどう動くか——から復元するほかない。 なおDOIのリンクが本文の途中に落ちているのは、この論文が雑誌の電子版から取られたためであって、著者が本文に書いた文言ではない。
複数チームが同じ問いを追うとPPVはさらに下がる

Several independent teams may be addressing the same sets of research questions. As research efforts are globalized, it is practically the rule that several research teams, often dozens of them, may probe the same or similar questions. Unfortunately, in some areas, the prevailing mentality until now has been to focus on isolated discoveries by single teams and interpret research experiments in isolation. An increasing number of questions have at least one study claiming a research finding, and this receives unilateral attention. The probability that at least one study, among several done on the same question, claims a statistically significant research finding is easy to estimate. For n independent studies of equal power, the 2 × 2 table is shown in Table 3: PPV = R(1 − β)/(R + 1 − [1 − α] − Rβ) (not considering bias). With increasing number of independent studies, PPV tends to decrease, unless 1 - β < a, i.e., typically 1 − β < 0.05. This is shown for different levels of power and for different pre-study odds in Figure 2. For n studies of different power, the term β is replaced by the product of the terms βi for i = 1 to n, but inferences are similar.

複数の独立した研究チームが、同じ研究上の問いの組に取り組んでいることがありうる。研究の営みが世界規模になるにつれ、複数の研究チーム——しばしば数十のチーム——が同一の、あるいは類似の問いを探るということは、事実上の通例となっている。残念なことに、いくつかの分野では、これまで支配的であった心性は、単一のチームによる孤立した発見に注目し、研究上の実験を孤立させたまま解釈するというものであった。少なくとも一つの研究が研究知見を主張しているような問いはますます数を増しており、そしてその〔一つの研究〕が一方的に注目を集める。同じ問いについて行われた複数の研究のうち、少なくとも一つが統計的に有意な研究知見を主張する確率は、容易に見積もることができる。検出力の等しいn個の独立な研究については、2×2表は表3に示したとおりであって、PPV = R(1 − β)/(R + 1 − [1 − α] − Rβ)(バイアスは考慮していない)となる。独立した研究の数が増えるにつれて、PPVは減少する傾向にある。ただし 1 − β < α である場合、すなわち通常は 1 − β < 0.05 である場合は別である。このことは、さまざまな水準の検出力について、またさまざまな研究前オッズについて、図2に示されている。検出力の異なるn個の研究については、項βは、i = 1 から n までの項βiの積に置き換えられるが、導かれる帰結は同様である。

かみくだくと
これまでの2×2表の枠組みを、同じ問いを複数のチームが同時に追う場合へ拡張する単位である。論は二段になっていて、前半と後半では主張の性格がまるで違う。 前半は社会的な観察である。研究が世界規模になり、数十のチームが同じ問いを叩くのが通例になったのに、注目の作法のほうは単一チームの孤立した発見を見るという古い心性のままである、という主張。本論文の他の箇所とちがって、この単位はこの心性の主張に文献を付けていない。読者の実感に訴える形の主張であって、後半の計算とは裏づけの強さが違う、ということは押さえておいてよい。 後半は計算である。n個の研究のうち少なくとも一つが有意になった場合をひとまとめにして、表の一方の側に置きなおす。真の関係があるとき、n個すべてが見落とす確率はβⁿ(各研究が独立で検出力が等しいという仮定から)、したがって少なくとも一つが拾う確率は1−βⁿ。真の関係がないとき、n個すべてが正しく非有意にとどまる確率は(1−α)ⁿ、したがって少なくとも一つが誤って有意になる確率は1−(1−α)ⁿ。これを表に入れれば、PPVは R(1−βⁿ) を R(1−βⁿ) + 1−(1−α)ⁿ で割ったものになる。印字された式からは指数が落ちているので、注を見てほしい。 なぜnが増えるとPPVが下がるのか。分子側の1−βⁿも、分母に加わる1−(1−α)ⁿも、nとともに1へ向かって増える。増え方が違うのがすべてである。一回あたりの当たりやすさが大きいほうが早く1に近づき、そこで頭打ちになる。検出力1−βが有意水準αより大きいのが普通だから、先に頭打ちになるのは真の検出のほうであり、偽陽性のほうは後からじりじり伸びつづける。比で見れば偽陽性が真陽性に追いつく。だからPPVは下がる。逆に1−β<αなら、すなわち一つの研究が真の関係を拾う確率が、無の関係を誤って有意と呼ぶ確率を下回るなら、先に頭打ちになるのは偽陽性の側だから、向きが反転する。原文が付す例外条件はこれである。訳者の見るところ、これは検出力5%未満という極端な領域であって、例外というより、式の振る舞いが境界を越える点を几帳面に断っただけのものだ。 nを大きくした極限も式から出る(原文はそこまで取っていない)。1−βⁿも1−(1−α)ⁿもともに1に近づくから、PPVはR/(R+1)、つまり研究前オッズそのものに戻る。同じ問いを無数のチームが叩けば、どこかで有意が出たという報せは、事前に分かっていた以上のことを何も言わない。多数のチームが知見を偽に変えるというより、知見から情報を抜き取って事前確率に戻す、と言うほうが正確である。 弱点も言っておく。n個の研究が独立だという仮定は、この単位が自分で明示的に置いているものだが、現実には同じ問いを追うチームは方法も試薬も公開データも対象集団も共有しがちで、誤りは相関する。相関があれば偽陽性の積み上がりは式より遅い。もう一つ、nは観測されない。何チームが挑んで黙ったかは外から数えられないから、式はきれいでも、当てはめるべき数字が手に入らない。
図2の凡例——図1と同じ三つの検出力

Panels correspond to power of 0.20, 0.50, and 0.80. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.g002 https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.t003

各パネルは、検出力0.20、0.50、0.80に対応する。 https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.g002 https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0020124.t003

かみくだくと
図2および表3への凡例とリンクである。文言は図1の凡例と一字一句同じであり、図2も0.20・0.50・0.80の三枚のパネルに分かれることだけを告げている。 二つの図が同じ三段の検出力で描かれているのは、比較のための作りだと読める。直前の単位が述べているとおり、図2が動かしているのは独立した研究の数nと研究前オッズであり、図1が動かしていたのはバイアスの大きさであった。同じ縦軸(PPV)と同じ三枚のパネルの上で、別々の劣化要因が並べられている。 表3は、直前の単位が参照した、n個の独立な研究をまとめた2×2表である。ここでも本文だけを読む読者には表の中身が見えないが、その中身は前の単位の式から復元できる。
実例を一つ、そこからいくつもの系へ

A practical example is shown in Box 1. Based on the above considerations, one may deduce several interesting corollaries about the probability that a research finding is indeed true.

実際的な例をBox 1に示す。以上の考察にもとづいて、ある研究知見が実際に真である確率について、いくつか興味深い系を導くことができる。

かみくだくと
二文だけの蝶番である。ここで予告されるのは二つ、Box 1 に置かれる実例と、「研究知見が実際に真である確率」についての系であり、系そのものはこの単位には一つも書かれていない。 注意しておきたいのは deduce(導く/演繹する)という語の選びかたである。著者はこれから並べる系を、新たな観察や文献調査から拾い上げたものとしてではなく、すでに立てた枠組みから演繹されるものとして提示している。つまり系の当否は、そこで用いられている仮定をどこまで呑むかに丸ごと依存し、系の一つひとつを個別に反証する必要はない、という構えでもある。訳者の見るところ、本論文が発表以来受けてきた批判と擁護は、この構えをどう評価するかでほぼ二分される。数式から出てきたものは経験的な主張より強い、と読むこともできるし、逆に、仮定を選べば結論も選べる、と読むこともできるからである。 もう一点。「実際的な例」という言い方は、ここまでの議論が抽象的だったことを著者自身が認めている、と読める。
統合失調症の全ゲノム探索——研究前確率は一万分の一

Let us assume that a team of investigators performs a whole genome association study to test whether any of 100,000 gene polymorphisms are associated with susceptibility to schizophrenia. Based on what we know about the extent of heritability of the disease, it is reasonable to expect that probably around ten gene polymorphisms among those tested would be truly associated with schizophrenia, with relatively similar odds ratios around 1.3 for the ten or so polymorphisms and with a fairly similar power to identify any of them. Then R = 10/100,000 = 10, and the pre-study probability for any polymorphism to be associated with schizophrenia is also R/(R + 1) = 10. Let us also suppose that the study has 60% power to find an association with an odds ratio of 1.3 at α = 0.05. Then it can be estimated that if a statistically significant association is found with the p-value barely crossing the 0.05 threshold, the post-study probability that this is true increases about 12-fold compared with the pre-study probability, but it is still only 12 × 10.

ある研究者チームが全ゲノム関連研究を行い、10万個の遺伝子多型のいずれかが統合失調症へのかかりやすさと関連するかどうかを検定する、と仮定しよう。この疾患の遺伝率の程度について我々が知っていることにもとづけば、検定された多型のうちおよそ10個ほどが統合失調症と真に関連しており、その10個ほどの多型についてオッズ比は1.3前後で互いに比較的似通っており、そのいずれかを見つけ出す検出力もかなり似通っている、と見込むのは理にかなっている。すると R = 10/100,000 = 10〔の−4乗〕であり、任意の多型が統合失調症と関連しているという研究前確率もまた R/(R + 1) = 10〔の−4乗〕である。さらに、この研究が α = 0.05 においてオッズ比1.3の関連を見出す検出力を60%もつ、と仮定しよう。そのとき次のように見積もることができる。p値が0.05という閾値をかろうじて越える形で統計的に有意な関連が見出されたとすると、それが真である研究後確率は研究前確率と比べておよそ12倍に増える。しかしそれでもなお 12 × 10〔の−4乗〕にすぎない。

かみくだくと
数字だけの単位に見えるが、置かれている仮定は四つある。真に関連する多型が約10個であること、それらのオッズ比が1.3前後で互いに似通っていること、どれを見つける検出力も似通っていること、そして有意水準が0.05であること。 まず R の扱い。R は「真の関係の数 ÷ 関係のない数」だから、これは確率ではなくオッズである。確率に直すには R/(R + 1) とする必要があり、本文もそう書いている。ただし R が 0.0001 と小さいため、R と R/(R + 1) は小数点以下四桁まで同じ値になる。両者が等号で結ばれているように見えるのはそのためで、一般に成り立つ等式ではない。 次に「12倍」。この単位に出てくる数字だけで検算できる。0.60 ÷ 0.05 = 12 であり、倍率は検出力を有意水準で割った値そのものである。ここに一つ齟齬がある。本文は「p値が0.05の閾値をかろうじて越える」場合と限定して書いているのに、12という倍率は、p値が0.05以下のどこかに落ちた場合をひとまとめにしたときの比だからである。ぎりぎり0.05を越えたというだけのp値は、0.001のp値と一緒くたにできず、証拠としてはずっと弱い。したがって、本文が限定した通りの場合の研究後確率は 12 × 10⁻⁴ よりさらに低くなるはずで、この食い違いは著者の悲観的な結論を弱める方向ではなく、むしろ控えめにする方向に働いている。 そして結論の数字。12 × 10⁻⁴ は 0.0012、およそ千分の一である。α = 0.05 を通過した「有意な発見」が、なお千回に一回強しか真でない。有意性検定が答えているのは「真であるか」ではなく「関係がないと仮定したときこの結果がどれだけ珍しいか」だという教科書的な区別が、ここでは具体的な桁数として提示されている。 弱いのは出発点である。遺伝率の高さから「真に関連する多型は10個ほど」という個数を導く筋道は、この単位にはまったく書かれていない。著者は it is reasonable to expect(見込むのが理にかなっている)とだけ言う。仮にこれが100個であれば R は十倍になり、研究後確率も一桁上がる。結論の桁は、この根拠の示されない一語で決まっている。
設計に手を加える、あるいは十チームが同じ的を撃つ

Now let us suppose that the investigators manipulate their design, analyses, and reporting so as to make more relationships cross the p = 0.05 threshold even though this would not have been crossed with a perfectly adhered to design and analysis and with perfect comprehensive reporting of the results, strictly according to the original study plan. Such manipulation could be done, for example, with serendipitous inclusion or exclusion of certain patients or controls, post hoc subgroup analyses, investigation of genetic contrasts that were not originally specified, changes in the disease or control definitions, and various combinations of selective or distorted reporting of the results. Commercially available “data mining” packages actually are proud of their ability to yield statistically significant results through data dredging. In the presence of bias with u = 0.10, the post-study probability that a research finding is true is only 4.4 × 10. Furthermore, even in the absence of any bias, when ten independent research teams perform similar experiments around the world, if one of them finds a formally statistically significant association, the probability that the research finding is true is only 1.5 × 10, hardly any higher than the probability we had before any of this extensive research was undertaken!

ここで、研究者たちが自分たちの設計・解析・報告に手を加え、より多くの関係が p = 0.05 の閾値を越えるようにする、と考えてみよう。もとの研究計画に厳密にしたがって、設計と解析を完璧に守り、結果を完璧に包括的に報告していたなら、その閾値は越えられなかったはずであるにもかかわらず、である。そうした操作は、たとえば次のようにして行いうる。ある患者や対照者を渡りに舟とばかりに組み入れたり除外したりすること、事後のサブグループ解析、当初は指定されていなかった遺伝的対比の検討、疾患や対照の定義の変更、そして結果の選択的な、あるいは歪められた報告のさまざまな組み合わせ。市販の「データマイニング」パッケージは、実のところ、データを浚うことによって統計的に有意な結果を生み出せるという能力を誇りにしている。u = 0.10 のバイアスがあるとき、ある研究知見が真である研究後確率はわずか 4.4 × 10〔の−4乗〕である。さらに、いかなるバイアスもない場合ですら、世界中で10の独立した研究チームが似たような実験を行い、そのうちの一つが形式上統計的に有意な関連を見出したとすると、その研究知見が真である確率はわずか 1.5 × 10〔の−4乗〕にすぎず、この大がかりな研究のどれ一つ着手される前に我々がもっていた確率と比べて、ほとんど高くなっていないのである!

かみくだくと
前の単位の例に二つの追加をかけて、数字を二段階で崩す。バイアスで 12 × 10⁻⁴ が 4.4 × 10⁻⁴ に、バイアス抜きでもチームを十に増やすと 1.5 × 10⁻⁴ に落ちる。最後の数字は研究前確率の1.5倍でしかなく、末尾の感嘆符はそこにかかっている。 列挙された操作の性格を見ておきたい。患者や対照の出入り、事後のサブグループ解析、事前に指定していなかった対比、疾患定義の変更、選択的な報告——どれ一つとして捏造ではない。すべて論文の方法欄に堂々と書ける、あるいは書かなくても咎められない類の判断である。だから著者は manipulate(手を加える)と言いながら、悪意も不正も語らない。閾値の手前と向こうを分ける判断が研究者の裁量の中に多数あるという構造だけが問題にされている。この列挙が2010年代に p-hacking の名でまとめて呼ばれるようになり、事前登録(preregistration)という対策を生んだのは、根拠を言える後世の事実である。 二つ目の追加はバイアスとは別種のものであることに注意したい。十チームの場合は誰も何も操作していない。それぞれが正しく検定し、正しく報告している。それでも 0.05 を十回引けば、関係がなくても四割方はどれかが当たる。個々の研究の誠実さでは手当てできない種類の失敗であり、だからこそ独立再現の多さを信頼の根拠にする素朴な直観に、この単位は正面から反対している。 弱点も二つある。u = 0.10 という値に、この単位はいかなる根拠も与えていない。u が何を意味するかもここでは繰り返されない。読者は前段の定義を憶えていることを前提にされ、その上で数字だけを渡される。そして「データマイニング」パッケージの宣伝文句を持ち出す一文は、バイアスが実在することの証拠として提示されているが、販売文句は測定ではない。訳者の見るところ、この論文で最も修辞に寄った箇所である。数字が精密であることと、その数字を作った入力に根拠があることは別だという当たり前のことが、ここでははっきり露出している。
系1——小さな研究の分野ほど、知見は偽になる

Corollary 1: The smaller the studies conducted in a scientific field, the less likely the research findings are to be true. Small sample size means smaller power and, for all functions above, the PPV for a true research finding decreases as power decreases towards 1 − β = 0.05. Thus, other factors being equal, research findings are more likely true in scientific fields that undertake large studies, such as randomized controlled trials in cardiology (several thousand subjects randomized) than in scientific fields with small studies, such as most research of molecular predictors (sample sizes 100-fold smaller) .

系1——ある科学分野で行われる研究が小規模であるほど、その研究知見は真でありにくくなる。標本サイズが小さいということは検出力が小さいということであり、上に挙げたすべての関数について、真の研究知見に対する PPV は、検出力が 1 − β = 0.05 へと下がっていくにつれて減少する。したがって、他の要因が等しいならば、研究知見は、循環器学における無作為化比較試験(数千人の被験者が無作為に割り付けられる)のように大規模な研究を行う科学分野においてのほうが、分子予測因子の研究の大半(標本サイズは100分の1)のように小規模な研究しかない分野においてよりも、真でありやすい。

かみくだくと
系の一つ目。新しい前提は何も置かれていない。前段までに立てた式が含んでいた事柄を、研究の現場の語彙に翻訳しただけである。要点は途中の一句、検出力が「1 − β = 0.05 に向かって」下がる、という指摘にある。検出力は 0 に向かって下がるのではない。有意水準 α = 0.05 の検定では、真の効果がどれほど小さくても、偶然だけで20回に1回は閾値を越えるから、有意になる確率が 0.05 を下回ることはないからである。訳者が本文の式に戻して確かめると、この下限で何が起きるかは明快で、PPV = (1−β)R / [(1−β)R + α] の 1−β に α と同じ 0.05 を入れると、PPV = R/(R+1)、すなわち研究前確率そのものになる。検出力が下限に貼りついた研究は、行う前と行った後で確率を一ミリも動かさない。情報をまったく生んでいないということである。本文が挙げる対比——循環器学の無作為化比較試験と分子予測因子の研究——は著者のものであり、訳者の補いではない。ただし「他の要因が等しいならば」という留保は軽く読み飛ばせない。現実には、小さな研究しか行われない分野は、たいてい研究前オッズ R も低く、検定にかける関係の数も多い。三つの効果は足し算ではなく掛け算で効くので、この系が単独で見せる劣化は実際より控えめである。もう一点、標本サイズはあくまで検出力の代理指標であって、検出力は効果量にも α にも設計にも依存する。標本が小さくても効果が巨大なら検出力は高い。その穴は次の系が引き取る。訳者が補足するなら、小規模研究の弊はこれだけではない。検出力の低い研究で有意になった関連は、閾値を越えられるだけの偶然の後押しを受けたものであるぶん、効果の大きさが系統的に過大に推定される。著者自身が後に別稿("Why Most Discovered True Associations Are Inflated", Epidemiology, 2008)で扱った論点だが、本論文のこの系はそこまでは述べていない。
系2——効果が小さい分野ほど偽陽性が満ちる

Corollary 2: The smaller the effect sizes in a scientific field, the less likely the research findings are to be true. Power is also related to the effect size. Thus research findings are more likely true in scientific fields with large effects, such as the impact of smoking on cancer or cardiovascular disease (relative risks 3–20), than in scientific fields where postulated effects are small, such as genetic risk factors for multigenetic diseases (relative risks 1.1–1.5) . Modern epidemiology is increasingly obliged to target smaller effect sizes . Consequently, the proportion of true research findings is expected to decrease. In the same line of thinking, if the true effect sizes are very small in a scientific field, this field is likely to be plagued by almost ubiquitous false positive claims. For example, if the majority of true genetic or nutritional determinants of complex diseases confer relative risks less than 1.05, genetic or nutritional epidemiology would be largely utopian endeavors.

系2——ある科学分野における効果量が小さいほど、その研究知見は真でありにくくなる。検出力は効果量とも関係している。したがって研究知見は、喫煙が癌や心血管疾患に及ぼす影響(相対リスク3〜20)のように効果の大きい科学分野においてのほうが、多遺伝子性疾患の遺伝的危険因子(相対リスク1.1〜1.5)のように想定される効果が小さい科学分野においてよりも、真でありやすい。現代の疫学は、ますます小さな効果量を標的とすることを余儀なくされている。その結果として、真である研究知見の割合は減少すると予想される。同じ筋道で考えれば、ある科学分野において真の効果量がきわめて小さい場合、その分野はほとんど至るところに偽陽性の主張がはびこるという事態に悩まされる公算が大きい。たとえば、複雑疾患の真の遺伝的あるいは栄養的な規定因子の大半が 1.05 未満の相対リスクしかもたらさないのだとすれば、遺伝疫学や栄養疫学は大部分がユートピア的な営みということになるだろう。

かみくだくと
系2は系1と同じ蝶番——検出力——を、別の側から押している。検出力は標本サイズだけでなく効果量にも依存するから、標本が同じでも効果が小さければ検出力は落ち、PPV も落ちる。ここで一つ、著者の書き方に含まれる飛躍を指摘しておきたい。効果量が小さいこと自体は、知見を偽にはしない。小さい効果を検出できるだけの標本を投じれば検出力は取り戻せるからである。この系が本当に言っているのは、分野が慣行として投じる標本サイズを一定と見たとき、標的の効果が小さくなれば検出力が下がる、ということであって、効果量と分野の慣行の組み合わせが問題なのである。「現代の疫学はますます小さな効果量を標的とすることを余儀なくされている」という一文は、本文では根拠を示さずに置かれている。訳者が補って言えば、大きな効果はすでに見つかってしまった後だから残りは小さいものばかりだ、という含意だろうが、この単位はそこまで書いていない。段落の最後の一文が、この論文でもっとも刺のある予測である。真の効果が相対リスク1.05程度しかないなら、その分野の「有意な発見」の大半は偽になるほかなく、遺伝疫学と栄養疫学はどこにも辿り着かない営みだ、と著者は言う。これは反証可能な形で書かれた予測であり、実際その後20年で片方は当たり、片方は外れた(訳注参照)。なお、この系の結論は、効果の「有無」と「大きさ」を一つの二値に畳み込む本論文の枠組みに依存している。相対リスク1.03の関係も、それが実在するなら真の関係である。
系3——多く検定し、選別しない分野ほど危うい

Corollary 3: The greater the number and the lesser the selection of tested relationships in a scientific field, the less likely the research findings are to be true. As shown above, the post-study probability that a finding is true (PPV) depends a lot on the pre-study odds (R). Thus, research findings are more likely true in confirmatory designs, such as large phase III randomized controlled trials, or meta-analyses thereof, than in hypothesis-generating experiments. Fields considered highly informative and creative given the wealth of the assembled and tested information, such as microarrays and other high-throughput discovery-oriented research [4,8,17], should have extremely low PPV.

系3——ある科学分野において検定される関係の数が多く、その選別が乏しいほど、その研究知見は真でありにくくなる。上に示したとおり、ある知見が真である研究後確率(PPV)は、研究前オッズ (R) に大きく依存する。したがって研究知見は、大規模な第III相無作為化比較試験やそのメタ解析のような確証的な設計においてのほうが、仮説生成的な実験においてよりも、真でありやすい。集積され検定される情報の豊富さのゆえに、きわめて情報量に富み創造的だと見なされている分野、たとえばマイクロアレイやその他のハイスループットな発見志向の研究 [4,8,17] は、PPV がきわめて低いはずである。

かみくだくと
系1と系2は検出力(1 − β)を動かしていた。系3が動かすのは、もう一方の変数である研究前オッズ R のほうである。見出しは二つのことを並べている。検定する関係の数と、検定にかける前の選別の乏しさ。どちらも同じ量に効く。ある分野が10万個の関係を無差別に検定し、そのうち実在するものが100個だとすれば R は約 1/1000 であり、この値の前では検出力の多少の差はほとんど無意味になる。著者が最後に置いた一文は、実質的には皮肉である。集めた情報の豊かさゆえに情報量に富み創造的だと称賛されている分野は、まさにその称賛の根拠——大量の関係を一挙に検定すること——によって PPV が地に落ちる。美徳として数えられている性質が、そのまま欠陥として計上されるという構図になっている。ただしこの構図には、訳者の見るところ、指標の選び方に由来する不公平がある。PPV は「主張一件あたりの真である確率」であり、「その分野が生み出す真の知見の総数」ではない。10万個を篩にかけて真の候補を50個拾い、それを確証的な設計に引き渡す発見段階の研究は、PPV が低くても分業としては合理的でありうる。実際、本文自身が確証的設計と仮説生成的実験を対比しているのだから、二段構えの分業はこの枠組みの内側にある発想である。それを一つの指標で並べて採点すると、前段が必ず負ける。もう一点、歴史的な補足を訳者から加えると、マイクロアレイの分野はこの批判に無防備なままではいなかった。本論文の PPV は、多重比較の文脈で言う偽発見率(FDR、有意と宣言したもののうち偽の占める割合)のちょうど裏返しであり、1 − FDR にあたる。ベンヤミーニとホッホベルグが1995年に提出した FDR 制御の手続きは、まさにこの量を明示的に一定水準以下に抑えるためのもので、2000年代以降のハイスループット研究では標準的な作法になっている。系3が指摘する構造は正しいが、分野が構造を放置するとはかぎらない。

訳注

  1. Essay——PLoS Medicine が設けている記事区分の名称。訳語としては「エッセイ」を当て、随筆の含みを避けるためカタカナのままとした。同誌の定義によれば、査読を経た研究報告ではなく、広い読者に向けた意見記事の欄である。
  2. power / Type II error——検出力。真の関係が存在するときに、それを有意と判定できる確率。β は真の関係を見逃す確率(第二種の過誤の率)だから、検出力は 1 − β となる。対する α(第一種の過誤の率)は、関係がないのに有意と判定してしまう確率で、有意水準として研究者があらかじめ選ぶ値である。α は研究者が決められるが、1 − β は効果の大きさと標本の大きさに左右され、直接には決められない——この非対称がこの論文の議論全体に効いている。
  3. effect size——「効果量」。二つの群の差や、二つの量の関連の強さを、標本の大きさから切り離して表した指標の総称。この語は特定の一つの統計量を指すのではなく、扱う設計に応じて相関係数、オッズ比、標準化平均差などが用いられる。
  4. この要旨が「シミュレーション」と呼ぶものは、実験や観察のデータではなく、本文で立てられる確率モデルに数値を入れて結果を計算したものである。したがってこの論文の結論は、モデルの前提——とりわけ、各分野で吟味される関係のうち真の関係が占める割合——をどう置くかに依存する。この割合は分野ごとに直接測れる量ではなく、後の批判はまさにここを衝いた。Goodman と Greenland は PLoS Medicine 誌上(2007年)で解析上の問題を指摘し、Jager と Leek は Biostatistics 誌(2014年)で、報告された p 値の分布から医学主要誌の偽発見率を推定し、著者の見積もりよりはるかに低い値を得ている(イオアニディス自身が同号で反論を寄せている)。この論文が提起した問題設定の重要性と、そこで出された数値の当否とは、区別して読む必要がある。
  5. Competing interests——学術誌の定型項目。日本語では「利益相反」と訳されることが多いが、それは conflict of interest の訳語であって、原語は competing である。原語の含みを残して「競合する利害」とした。
  6. positive predictive value——「陽性的中率」。もとは診断検査の語彙で、検査が陽性と出たもののうち、実際に当たっている(真に陽性である)ものの割合をいう。「陽性予測値」とも訳されるが、医学統計の慣行に従って「的中率」を採った。
  7. refuted / refutation——動詞は「覆される」、名詞は「反証」と訳し分けたが、原語は同根である。ポパー以来の科学哲学では反証は仮説の論理的な否定を指すが、ここでの refutation は、後続の証拠によって先行の知見が事実上取り消されるという経験的な出来事を指している。
  8. Corollary——「系」と訳した。ある定理から、新たな前提を加えずに直ちに導かれる帰結を指す数学の用語。ここでも著者は新しい仮定を導入しておらず、前段までに立てた PPV の式にすでに含まれていた事柄を、研究の現場で判別できる特徴(研究の規模、効果の大きさ、検定される関係の数)に翻訳している。
  9. misnomer——「呼び名の誤り」。統計的有意性に達しなかった研究を negative(陰性・否定的)と呼ぶ慣行を指す。訳語としては「陰性」のほか「否定的結果」も行われるが、ここでは検査の陽性・陰性と同じ語で対比されており(次の単位以降で positive predictive value が主題になる)、対応を保つため「陰性」を採った。原文はなぜ misnomer なのかを説明せず、次の文で議論の対象外に置いている。
  10. gold standard——医学統計で、新しい検査の性能を測る際の基準となる、真の状態を与える判定法を指す定型句。「基準検査」「標準判定」等の訳もあるが、原語のまま「ゴールドスタンダード」と書かれることも多い。ここでは、比較の基準という機能を字面に残すため「金標準」とした。この文脈では実在の判定法ではなく、関係が真か否かという(観測されない)事実そのものを指している。
  11. false positive report probability——偽陽性報告確率。Wacholder らが、分子疫学における連関の報告を評価するために提案した量で、有意な結果が報告されたときにそれが偽陽性である確率をいう。本文が言うとおり PPV との和が 1 になる。なお底本のこの箇所では、Wacholder らへの文献番号が脱落しており(“false positive report probability .” と、番号の入るべき位置に空白が残る)、引用番号は他の版で補う必要がある。
  12. 原文はここで α ではなくローマ字の a を用いて “a = 0.05” と綴っているが、直前の文で第一種の過誤の率として導入されたのは α であり、明らかな誤植である。訳では α に統一した。
  13. 原文のこの位置には表が置かれており、テクストとして抽出された段階で、その表の DOI(10.1371/journal.pmed.0020124.t001)だけが本文中に残ってしまっている。訳文でも位置を保存し、〔表1〕と補った。以下に出てくる「表2」も同様に、本文中では図表として別に組まれている。
  14. bias。統計学では推定量の偏り(推定量の期待値と真値のずれ)を指す確立した術語で、日本語では「偏り」とも訳される。しかしこの単位で原文が与える定義は、設計・データ・解析にとどまらず提示と報告の段階までを含む、より広いものである。既成の訳語「偏り」に寄せると推定量の偏りと読まれかねないため、ここでは音訳の「バイアス」を用い、原文が定義しなおした語として扱う。
  15. reverse bias。統計学や疫学の一般的な術語ではなく、この論文が bias の対概念として立てた言い方である。半導体素子に逆方向の電圧をかけることを指す同じ綴りの工学用語があるが、関係はない。訳語は「逆バイアス」とし、原文の造語的な用法をそのまま移した。
  16. annul は「無効にする」「取り消す」。婚姻や契約の無効宣言に用いられる、やや法的な語感をもつ語である。一度は成立していた真の知見が、あとから帳消しにされる、という含みが原語にはある。訳文では「取り消されてしまう」とした。
  17. 原文のこの箇所には参考文献番号が付されていたが、テクスト抽出の過程で落ちている。英語原文に「lost in noise ,」のように読点の前に不自然な空白が残っているのは、そこに参照記号があった痕跡である。同じ空白は「“bury” significant findings .」の末尾にもある。訳文では、参照が付いていた位置に本注を置いた。
  18. the molecular era。分子生物学的な測定手法が生物医学研究の中心を占めるようになった時代を指す。訳文では「分子〔生物学〕の時代」と補った。訳者の補足として、後世の事実を一つ挙げておく。測定精度そのものは向上したが、高スループット測定では、測定を行った日や装置や試薬ロットの違いが系統的な差として結果に混入する batch effect(バッチ効果)が広く問題となった。Leek らはこれを高スループットデータに広く行きわたる重大な影響として整理している(Nature Reviews Genetics, 2010年)。これは原文の見通しの反証というより、誤差の量が減る代わりに質が変わり、偶然変動ではなくこの単位で言うバイアスの側に寄った、と読むのが妥当だろう。
  19. PPV = R(1 − β)/(R + 1 − [1 − α] − Rβ)——この式は印字されたままではnをまったく含まない。しかも分母を整理すると R + 1 − (1−α) − Rβ = R(1−β) + α となって、研究が一つだけの場合の式に一致してしまう。つまりnが消えている。直後の「独立した研究の数が増えるにつれてPPVは減少する」以下の議論はnに依存するのだから、ここはβをβⁿ、[1−α]を[1−α]ⁿと読まねばならない。そのとき分母は R(1−βⁿ) + 1 − (1−α)ⁿ となり、n=1でもとの式に戻る。単位の末尾にある、検出力が異なる場合には項βをβiの積で置き換えるという文も、βがn個の積として現れていることを前提にしている。この底本テクストで上付き文字が失われたものと見るのが自然である。訳文は印字どおりに訳し、指摘は注にとどめた。
  20. unless 1 − β < a——小文字のaと印字されているが、続く「すなわち通常は 1 − β < 0.05」が示すとおり、これは有意水準αである(0.05を挙げていることから、α = 0.05 という通例が前提されている)。訳ではαと読んだ。条件の意味するところは、一つの研究の検出力が、その研究が無の関係を誤って有意と呼ぶ確率を下回る、ということである。
  21. whole genome association study——「全ゲノム関連研究」。ゲノム全体に散らばる多型を一挙に検定し、あらかじめ候補遺伝子を絞らない設計を指す。のちに genome-wide association study(GWAS)の名で定着した。この語法が使われはじめたのは本論文と同じ2005年前後で、当時この規模の研究はまだ数えるほどしか実施されていない。したがってここでの10万という数は、実施済みの研究の記述ではなく、著者が置いた仮定の数字である。
  22. heritability——「遺伝率」。ある集団における形質のばらつきのうち、遺伝的な差異で説明される割合を指す量であり、個人の形質が何割遺伝で決まるかを意味しない。統合失調症の遺伝率は双生児研究にもとづいて高く見積もられてきた。ただし、遺伝率が高いことと、関連する多型が何個あるかは別の問題である。遺伝率が高くても効果の小さい多型が数千個ある可能性も、効果の大きい多型が数個ある可能性も同じ遺伝率と両立する。本文はこの橋渡しを行わず、it is reasonable to expect(見込むのは理にかなっている)とだけ述べて10という数を置いている。
  23. odds ratio——「オッズ比」。ある事象について、起こる確率を起こらない確率で割った値をオッズと呼び、二つの群のオッズの比がオッズ比である。確率の比ではないことに注意。1.3 は、たとえば当該多型をもつ側のかかりやすさのオッズが、もたない側の1.3倍という程度を指す。遺伝疫学ではこれは小さな効果に属し、検出には大きな標本が要る。前の単位で検出力60%と置かれるのは、この小さな効果を前提にしてのことである。
  24. 校訂上の注。底本にあたるテクストでは「R = 10/100,000 = 10」「12 × 10」「4.4 × 10」「1.5 × 10」と読めるが、10 ÷ 100,000 = 0.0001 であって 10 ではない。もともと 10⁻⁴ と組まれていた指数の −4 が、組版ないし転記の過程で脱落したものである。10⁻⁴ を入れれば「研究前確率と比べておよそ12倍」という同じ文中の記述とも整合する(10⁻⁴ の12倍が 12 × 10⁻⁴)。訳では読みやすさのため〔の−4乗〕と補い、訳者の補いであることを示した。
  25. serendipitous inclusion or exclusion——serendipity は思いがけない幸運な発見を指す語で、直訳すれば「僥倖による」組み入れ・除外となる。しかしここでの偶然は、有意性が出る方向にだけ都合よく働く偶然であり、著者は皮肉として用いている。「偶然の」と訳すとその皮肉が消え、「恣意的な」と訳すと原語にない断定が入る。訳では中間をとって「渡りに舟とばかりに」とした。
  26. data dredging——データを浚(さら)って有意なものを拾い上げること。定訳はなく、「データ浚渫」「データの浚い」などと訳される。仮説を立ててから検定するのではなく、検定を総なめにしたうえで、出てきた結果に合わせて仮説を語る手つきを指す。前段の data mining が中立ないし肯定的な業界用語であるのに対し、dredging は最初から非難の語である。著者は同じ一文の中でこの二語を並べ、宣伝文句と実態が同じものを指していると言っている。
  27. 1 − β = 0.05——検出力の下限。有意水準を α = 0.05 に取った検定では、真の効果がどれほど帰無仮説に近くても、有意と判定される確率が α を下回ることはない(通常用いられる検定では検出力 ≥ α が成り立つ)。したがって検出力は 0 ではなく 0.05 に向かって下がる。著者が「1 − β = 0.05 に向かって下がる」と書くのは、この床を指している。
  28. molecular predictors——分子予測因子。遺伝子の変異、遺伝子発現量、タンパク質量といった分子レベルの測定値を、疾患の予後や治療への反応の予測に用いるもの。本論文が書かれた2005年当時、この種の研究は数十例から数百例の規模で報告されるのが通例であり、「標本サイズは100分の1」という対比はそれを指す。
  29. relative risk——相対リスク。曝露のある群で問題の事象が起きる割合を、曝露のない群での割合で割った比。1 なら両群に差がなく、3 なら3倍起きやすい。疫学において3〜20という値はきわめて大きい部類に属し、1.1 は「曝露群で1割ほど増える」程度を意味する。効果が小さいほど、同じ検出力を得るために必要な標本サイズは急激に増大する。
  30. multigenetic diseases——多遺伝子性疾患。単一の遺伝子の変異によって発症が決まるのではなく、多数の遺伝子座それぞれの小さな寄与が積み重なって危険度が定まる疾患。現在は polygenic(ポリジェニック、多遺伝子性)という語のほうが一般的である。この単位は具体的な疾患名を挙げていない。
  31. 「偽陽性」——本論文の枠組みは、検定される関係を「真の関係がある/ない」の二値に還元し、効果が厳密にゼロである場合だけを「偽」と数える。しかし相対リスクが1.05の関係も、それが実在するなら真の関係である。「至るところに偽陽性がはびこる」という結論は、厳密には「有意と報告された関係のうち実在するものの割合が下がる」ことを述べており、効果の大きさと存在の有無とが一つの二値に畳み込まれている。この点を含め、本論文の PPV 計算の前提(とくに後段で導入されるバイアス項 u の扱いと、真偽の二値化)は、S. グッドマンと S. グリーンランドによる批判を招いた("Why Most Published Research Findings Are False: Problems in the Analysis", PLoS Medicine, 2007)。
  32. utopian endeavors——ここでの utopian は「理想的な」の意ではなく、原義(ou-topos、どこにも無い場所)に寄せた否定的な用法で、原理的に到達できないものを追う徒労、という含みである。「空想的な営み」と訳すこともできるが、原語の皮肉を残すため片仮名を採った。
  33. その後の経過——著者のこの予測は、遺伝疫学については外れた部分が大きい。2007年以降のゲノムワイド関連解析は、有意水準を p < 5 × 10⁻⁸ という桁違いに厳しい値へ引き下げ、国際コンソーシアムによって標本を数万から数十万例規模に拡大し、独立した標本での再現を報告の条件とすることで、オッズ比1.1〜1.3程度の関連を再現性をもって同定できるようになった。ただしこれは系2を反証したというより、系1と系3が指すとおりに分野が標本サイズと事前オッズの管理を作り変えた結果であり、著者自身もその方法論の整備に加わっている。他方、栄養疫学に対する著者の批判はその後も続き(たとえば2013年 JAMA の "Implausible Results in Human Nutrition Research")、こちらでは同規模の是正は起きていない。
  34. selection of tested relationships——検定にかける関係の「選別」。ある分野が、実験にかける前に、先行する知見や生物学的なもっともらしさによって候補をどれだけ絞り込んでいるか、を指す。絞り込みが強ければ、検定される関係のうち真であるものの割合、すなわち研究前オッズ R が高くなる。「数が多く、選別が乏しい」は、要するに R が小さいことの言い換えである。
  35. phase III——第III相試験。新しい治療の開発において、少数例による安全性の確認(第I相)と予備的な有効性の検討(第II相)を経たのち、既存治療または偽薬と比較して有効性を確定させるために行われる大規模な無作為化比較試験。検証すべき仮説があらかじめ一つに絞られており、規模も大きい。
  36. microarrays / high-throughput——マイクロアレイは、多数の DNA 断片を基板上に格子状に配置し、試料中の核酸を一度に数千から数万の遺伝子分まとめて測定する装置。ハイスループットな発見志向の研究とは、こうした装置で厖大な測定を一挙に行い、そこから有望な候補を洗い出す型の研究をいう。一回の実験で数万の関係が同時に検定されるため、この系の言う「数が多く、選別が乏しい」の極端な事例になる。

読み終えたあとに

受け継がれた点。「p < 0.05 の単発の研究では足りない」という言い分自体は、2005年の時点でも新しくはなかった。本文がそれを何人かの方法論家の先行指摘に帰しているとおりである。この論文が変えたのは、その言い分を数式の形で、しかも分野をまたいで比較できる形で置き直したことだった。以後、事前オッズ・検出力・バイアスという三点セットは、研究の質を語るときの共通語彙になった。心理学での大規模な再現検証(Open Science Collaboration 2015)、前臨床がん生物学での再現失敗の報告(Begley & Ellis 2012)、事前登録と登録報告という制度、有意水準を0.005に引き下げよという提案(Benjamin ら 2018)、米国統計学会のp値に関する声明(2016)——いずれもこの見取り図の上に立っている。この回の範囲でいえば、系1(小規模な研究ほど危うい)と系2(効果量が小さい分野ほど危うい)は、検出力の低さを主要な病因とみなす今日の議論にほぼそのまま生きている。系3の理屈は、遺伝統計学が全ゲノム関連解析の有意水準を 5×10⁻⁸ という水準まで引き下げ、検定される関係の数を正面から勘定に入れるようになったことで、実務に組み込まれた。本文が例に挙げた10万個の多型という設定は、今日から見れば、その転換の直前の光景である。

否定・修正された点。 発表の二年後、グッドマンとグリーンランドが同じ誌上で、まさにこの回で扱った範囲そのものを批判した(Goodman & Greenland, “Why Most Published Research Findings Are False: Problems in the Analysis”, PLoS Medicine 2007)。要点は三つある。バイアス u の入れ方に数学上の難があること。α という敷居だけを使い、実際に観測された p 値を捨ててしまうと情報が失われること——p = 0.001 の知見と p = 0.049 の知見を同じ「陽性」として扱ってよいのか。そして、「大半は偽である」という結論は、R のような測りようのない量への仮定の上に載っており、証明されたとは言えないこと。三つ目は、この回のはじめに述べた「条件つきの論証」という性格の裏返しでもある。のちに Jager と Leek(2014)が、医学文献の要旨に報告された p 値から偽発見率をおよそ14%と見積もり、少なくとも一部の分野では「大半」ではないと論じた。この推定もまた激しく争われ、決着はついていない。もう一つの根本的な批判は、この枠組みが「関係なし」をぴったりゼロの効果として扱う点にある。効果がほぼゼロだが厳密にゼロではない関係ばかりの分野では、真と偽の二分そのものが問いを歪める、という指摘である。なお、本文の一行目にあるとおり、この論文自体、2022年に訂正が出ている。

次回は、系3の先——残る系と、この枠組みから著者が引き出す結論を読む。

原文と訳について/出典

底本。汎用HTML(journals.plos.org/plosmedicine/article?id=10.1371/journal.pmed.0020124)から本文を機械的に取得し、そのまま採用しました。段落分割は底本に従います。

別の転写との照合。汎用HTML の転写(pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1182327/)と突き合わせたところ、約物の違いを均した本文の一致度は 95.2% でした。残る差は転写者ごとの段落の切り方と正書法の判断によるものです。