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燐光体が放つ目に見えない放射について

Sur les radiations invisibles émises par les corps phosphorescents

初出
Comptes rendus de l'Académie des sciences 第122巻(1896年3月2日会)501–503頁
原語
フランス語
形式
全文対訳(全12段落)
予備知識
要(燐光・写真乾板・対照実験の論理を本文前に用意します)

まず、これは何の話なのか

この二頁半の報告のなかで、放射能が発見されます。もっとも、書いた本人はまだそのことに気づいていません。それがこの文章のいちばんの読みどころです。

前年の1895年11月、レントゲンがX線を発見していました。手の骨が写真に写るあの放射は、真空放電管の壁——電子が叩きつけられて燐光を発している箇所——から出ていました。そこで当時、「では逆に、燐光を発する物質はX線を出しているのではないか」という推測が生まれます。パリではポアンカレがこの見立てを口にし、燐光研究の名家に生まれたベクレルが、手元のウラン塩でそれを試すことにしました。仮説はこうです——太陽光を吸って燐光を発する物質は、そのとき目に見えない透過放射(X線のようなもの)も出しているのではないか

初めの実験(本文の五〜七段)は、仮説どおりに見えました。ウラン塩を日光にさらすと、黒い紙や金属を透して乾板が感光する。ここまでなら「燐光がX線を生む」という当時の期待を裏づける、ありふれた追試にすぎません。

ところが第八段で調子が変わります。パリが数日曇り、ベクレルは準備した仕掛けを引き出しにしまい込んだ。日光に当てないまま現像したら消えかけの像しか出ないはず——ところが影は強く出た。放射は、日光の励起がなくても、暗闇のなかで勝手に出続けていた。彼が試そうとした仮説そのものが、ここで崩れます。放射はウラン塩から自発的に湧いている。外からエネルギーを与えなくても止まらない何かが、物質の内側にある。これが放射能です。この一本は、探していたものが見つからず、探していなかったものが見つかった記録なのです。

読む前に:四つの道具

この論文に数式はほとんど出てきません。必要なのは、実験の意味を読み取るための四つの考え方だけです。順に用意します。

1燐光とは何か——「持続時間」がすべての鍵

暗がりで光る時計の文字盤や、ホタルではない「蓄光」シールを思い浮かべてください。光を浴びているあいだ光り、光源を消したあともしばらく光り続ける。これが燐光です。物質が光のエネルギーをいったん溜め込み、遅れて光として吐き出す。似た現象の蛍光は、光源を消すと即座に消えます。両者の違いは、要するに光が消えたあと、どれだけ光り続けるか(持続時間)にあります。

この論文で決定的な役を果たすのが、まさにこの持続時間です。ベクレルの使ったウラン塩は、燐光の持続時間が1/100秒に満たない。つまり日光を切れば、目に見える発光は瞬時に消える。ところが写真を黒くする放射のほうは、暗闇に何時間しまっておいても衰えない。「消えるはずの時間」と「消えない事実」のこの食い違いが、燐光では説明がつかないことの動かぬ証拠になります(第十一段)。

2写真乾板——目に見えない放射を「見る」装置

当時の写真乾板は、ガラス板にゼラチンを塗り、そこへ臭化銀(AgBr)の微粒子を散らしたものです(原文の gélatino-bromure d'argent)。臭化銀は光——あるいは光でなくとも、しかるべきエネルギーをもった放射——が当たると分解し、銀の粒が芽をつくります。これを薬品で「現像」すると、当たった箇所だけが黒い金属銀となって浮かび上がる。

肝心なのは、乾板が目に見えない放射も記録できることです。人間の目には何も起きていないように見える暗箱の中で、放射は静かに銀を還元していく。ベクレルはこの乾板を、いわば見えないものを捕らえる網として使います。本文で繰り返される「影(silhouette)が黒く現れる」とは、放射の当たった形がそのまま乾板に焼き付く、という意味です。

3なぜ紙や金属で「包む」のか——透過力を測るために

ふつうの光なら、黒い紙一枚で完全にさえぎれます。だからベクレルは乾板を黒い紙やアルミニウム板でくるむ。それでも像が出るなら、その放射は可視光ではない、紙や金属を貫く何かだと分かる。さらに厚い銅板や薄い銅板をはさんで像の濃さを比べれば、放射がどれだけ物を透すか(透過力)まで読み取れます。

遮蔽は「濾し器」である

本文に0.10mmや0.04mmの銅板、十字形の遮蔽が出てくるのはこのためです。放射を止めるのではなく、どれくらい弱まるかを見るための濾し器として置かれている。像に十字の影が「より明るく」出れば、そこは放射が銅で少し弱められた証拠——けれど完全には止まっていない。X線に似た貫通力を、道具を替えながら手探りしているわけです。

4対照実験——「もし仮説が正しければ」を試す

科学の決定打はしばしば、条件を一つだけ変えた比較から生まれます。ベクレルの仮説「日光→燐光→透過放射」が正しいなら、日光という原因を取り除けば、放射という結果も消えるはずです。第八〜十一段の暗所実験は、まさにこの「はず」を試す一手です。

ここを読むときは、彼が何を予想し、何が実際に起きたかのずれに注目してください。予想は「淡い像しか出ない」。結果は「強い像」。この一回のずれが、燐光仮説を退け、放射がウラン塩に内在することを示します。派手な数式ではなく、条件を一つ抜いてみるという地味な操作が、新しい物理を開けるのです。

論証の骨格

この論文の背骨は、証明というより一つの推理です。仮説を立て、その仮説が予言することを試し、予言がはずれたことから結論を引き出す。絵にすると三段構えになっています。

① 立てた仮説 太陽光を当てる ウラン塩が燐光を発する 目に見えない放射が出る 乾板が黒くなる ② 決定的な検証(暗い引き出し) 太陽光を断ち、暗所に置く 仮説なら、像は出ないはず ところが 像はかえって強く現れた ③ 導かれた結論 放射は日光にも燐光にも依存しない。 ウラン塩から自発的に出ている=放射能
ベクレルの推理は三段構え。①「日光→燐光→透過放射」という仮説を立て、②その仮説が予言すること(日光を断てば放射も止む)を試し、③予言が外れた事実から、放射が物質に内在することを結論する。破線の箱が「仮説の予言」、朱の箱が「実際に起きたこと」。両者の食い違いが発見の核心です。

用語と記号の読み方

原語・記号読み・訳意味
SO⁴(UO)K + H²Oウラニルとカリウムの複硫酸塩。今日いう硫酸ウラニルカリウム。ウランを含む黄緑色の燐光結晶で、この実験の主役。原文は当時の書き方で、UO はウラニル基(現代表記 UO₂)を指す。
phosphorescenceフォスフォレサンス/燐光光を吸い、光源を消したのちも発光が続く現象。持続時間の長さが蛍光との違い。
gélatino-bromure d'argentゼラチノ・ブロミュール・ダルジャン/ゼラチン臭化銀写真乾板の感光層。臭化銀(AgBr)が放射で分解し、現像で黒い銀となって像を残す。
lamelleラメル/薄片結晶を薄く切り出したもの。ここではウラン塩の薄片。
châssisシャシ/暗箱・乾板ホルダー光を通さない乾板入れ。一面をアルミ板でふさいで使う。
silhouetteシルエット/影・輪郭放射の当たった形が乾板に黒く焼き付いたもの。
héliostatエリオスタ/ヘリオスタット鏡で太陽光を一定の向きへ送り続ける装置。
RöntgenレントゲンW. C. レントゲン。1895年11月にX線を発見。この論文の直接の背景。
LenardレナルトP. レナルト。陰極線を管外へ取り出す研究で知られる物理学者。
1/100 s100分の1秒。このウラン塩の燐光がほぼ消えるまでの時間。放射が暗所で何時間も続くことと対比される。
0,10 mm0.10ミリメートル。銅板の厚さ。ヨーロッパ式に小数点はコンマで書く。

対訳本文

原文(仏語)
現代日本語訳

Dans la dernière séance, j'ai indiqué sommairement les expériences que j'avais été conduit à faire pour mettre en évidence les radiations qui traversent divers corps opaques pour la lumière.

前回の会合で、私は、光に対して不透明なさまざまな物体を透過する放射を明るみに出すために行った実験を、手短に報告した。

かみくだくと一週間前の続報です、という前置き。「光を通さない物を透過する放射」=X線のような何か、が主題。

J'ai pu étendre ces observations, et, bien que je me propose de continuer et de développer l'étude de ces phénomènes, leur actualité me conduit à exposer, dès aujourd'hui, les premiers résultats que j'ai obtenus.

私はこれらの観察をさらに広げることができた。この現象の研究は今後も続け、発展させるつもりだが、その時事性ゆえに、本日ただちに、これまでに得られた最初の結果を述べることにする。

かみくだくと「時事性」=レントゲンのX線発見(前年11月)で物理学界が沸いていた時期。だから未完成でも急いで速報する、という含み。

Les expériences que je rapporterai ont été faites avec les radiations émises par des lamelles cristallines de sulfate double d'uranyle et de potassium [SO⁴(UO)K + H²O], corps dont la phosphorescence est très vive et la durée de persistance lumineuse inférieure à 1/100 de seconde.

これから報告する実験は、ウラニルとカリウムの複硫酸塩〔SO⁴(UO)K+H²O〕の結晶薄片が放つ放射を用いて行った。この物質は燐光がきわめて鮮やかで、発光の持続時間は1/100秒に満たない。

かみくだくと主役の物質の紹介。ここで「燐光は1/100秒未満で消える」とわざわざ書いておくのが伏線。後半、放射が暗所で何時間も続くことと突き合わせるための布石です。

On peut vérifier très simplement que les radiations émises par cette substance, quand elle est exposée au soleil ou à la lumière diffuse du jour, traversent, non seulement des feuilles de papier noir, mais encore divers métaux, par exemple une plaque d'aluminium et une mince feuille de cuivre.

この物質を太陽光または昼間の散光にさらすと、そこから放たれる放射が、黒い紙だけでなく、さまざまな金属——たとえばアルミニウム板や薄い銅箔——をも透過することは、ごく簡単に確かめられる。

かみくだくとまず透過力の確認。ふつうの光なら黒い紙一枚で止まる。金属まで抜けるなら、それは可視光ではない。

Une plaque Lumière, au gélatino-bromure d'argent, a été enfermée dans un châssis opaque en toile noire, fermé d'un côté par une plaque d'aluminium; si l'on exposait le châssis en plein soleil, même pendant une journée entière, la plaque ne serait pas voilée; mais, si l'on vient à fixer sur la plaque d'aluminium, à l'extérieur, une lamelle du sel d'uranium, que l'on peut, par exemple, assujettir avec des bandes de papier, et si l'on expose le tout pendant plusieurs heures au soleil, on reconnaît, lorsqu'on développe ensuite la plaque par les procédés ordinaires, que la silhouette de la lamelle cristalline apparaît en noir sur la plaque sensible et que le sel d'argent a été réduit en face de la lamelle phosphorescente. Si la lame d'aluminium est un peu épaisse, l'intensité de l'action est moindre qu'au travers de deux feuilles de papier noir.

リュミエール社のゼラチン臭化銀乾板を、黒い布張りの不透明な暗箱に納め、その一面をアルミニウム板でふさいだ。この暗箱を丸一日、真昼の太陽にさらしても、乾板は感光しない。ところが、そのアルミニウム板の外側にウラン塩の薄片を——たとえば紙の帯で留めて——固定し、全体を数時間、太陽にさらすと、通常の手順で乾板を現像したとき、結晶薄片の影が感光乾板の上に黒く現れ、燐光を発する薄片と向かい合った箇所で臭化銀が還元されていることが分かる。アルミニウム板がやや厚いと、作用の強さは黒い紙二枚を透過したときより弱くなる。

かみくだくと基本の実験。暗箱だけでは感光しない(=光は漏れていない)。外にウラン塩を置くと像が出る。だから放射はウラン塩から来て、アルミを貫いて乾板に達している。ここまでは「日光→放射」に見え、仮説どおり。

Si, entre la lamelle du sel d'uranium et la lame d'aluminium ou le papier noir, on interpose un écran formé d'une lame de cuivre, de 0,10 mm environ d'épaisseur, par exemple en forme de croix, on observe dans l'image la silhouette de cette croix, en plus clair, mais avec une teinte indiquant cependant que les radiations ont traversé la lame de cuivre. Dans une autre expérience, une lame de cuivre plus mince (0,04 mm) a affaibli beaucoup moins les radiations actives.

ウラン塩の薄片とアルミニウム板または黒い紙とのあいだに、厚さ0.10mmほどの銅板でできた遮蔽——たとえば十字形のもの——をはさむと、像のなかにこの十字の影がより明るく現れる。ただしその濃淡は、放射が銅板を透過してきたことを示している。別の実験では、より薄い銅板(0.04mm)は放射の作用をはるかに弱めなかった。

かみくだくと銅の「濾し器」で透過力を測る。十字が明るく写る=そこは銅で少し弱まった。でも影が出る=完全には止まらない。薄い銅ならほとんど弱めない。X線に似た貫通力の確認です。

La phosphorescence provoquée, non plus par les rayons solaires directs, mais par les radiations solaires réfléchies sur le miroir métallique d'un héliostat, puis réfractées par un prisme et une lentille de quartz, a donné lieu aux mêmes phénomènes.

直接の太陽光ではなく、ヘリオスタットの金属鏡で反射させ、さらに石英のプリズムとレンズで屈折させた太陽放射によって引き起こした燐光でも、同じ現象が生じた。

かみくだくと光源の与え方を変えても結果は同じ、という念押し。石英を使うのは、ガラスと違い紫外線まで通すため。ここまでが「仮説どおりに見える」前半の締め。

J'insisterai particulièrement sur le fait suivant, qui me paraît tout à fait important et en dehors des phénomènes que l'on pouvait s'attendre à observer : les mêmes lamelles cristallines, placées en regard de plaques photographiques, dans les mêmes conditions et au travers des mêmes écrans, mais à l'abri de l'excitation des radiations incidentes et maintenues à l'obscurité, produisent encore les mêmes impressions photographiques.

とりわけ次の事実を強調しておきたい。これは私にはまったく重要で、予期しうる現象の外にあるものと思われる。すなわち、同じ結晶薄片を、同じ条件で、同じ遮蔽を通して感光乾板に向かい合わせに置きながら、入射放射による励起を断ち、暗所に保っておいても、なお同じ写真作用を生じるのである。

かみくだくとここが転回点。「入射放射による励起を断ち」=日光を当てず。それでも像が出る。彼自身「予期しうる現象の外」と書く。仮説が前提していた"日光"という原因を抜いても結果が消えない——燐光仮説の土台が崩れ始めます。

Voici comment j'ai été conduit à faire cette observation : parmi les expériences qui précèdent, quelques-unes avaient été préparées le mercredi 26 et le jeudi 27 février et, comme ces jours-là, le soleil ne s'est montré que d'une manière intermittente, j'avais conservé les expériences toutes préparées et rentré les châssis à l'obscurité dans le tiroir d'un meuble, en laissant en place les lamelles du sel d'uranium. Le soleil ne s'étant pas montré de nouveau les jours suivants, j'ai développé les plaques photographiques le 1er mars, en m'attendant à trouver des images très faibles. Les silhouettes apparurent, au contraire, avec une grande intensité. Je pensai aussitôt que l'action avait dû continuer à l'obscurité et je disposai l'expérience suivante :

この観察に至った経緯はこうである。先の実験のうちいくつかは、2月26日水曜と27日木曜に用意したものだったが、その両日は太陽が断続的にしか顔を出さなかったため、私は用意しおえた実験一式をそのままにし、ウラン塩の薄片も置いたまま、暗箱を家具の引き出しの暗がりにしまっておいた。続く数日も太陽が現れなかったので、3月1日に、ごく淡い像しか得られまいと予想しつつ乾板を現像した。ところが影は、逆に、強い濃さをもって現れた。私は即座に、作用が暗所でも続いたにちがいないと考え、次の実験を組んだ。

かみくだくと科学史上もっとも幸運な曇天。日光待ちのあいだ引き出しに置いた仕掛けが、日光なしで強く感光していた。「淡いはず→強かった」という予想と結果のずれが、彼を偶然から本質へ導きます。ここでの日付が発見の日付になりました。

Au fond d'une boîte en carton opaque, j'ai placé une plaque photographique, puis, sur la face sensible, j'ai posé une lamelle du sel d'uranium, lamelle convexe qui ne touchait le gélatino-bromure qu'en quelques points; puis, à côté, j'ai disposé sur la même plaque une autre lamelle du même sel, séparée de la surface du gélatino-bromure par une mince lame de verre; cette opération étant exécutée dans la chambre noire, la boîte a été refermée, puis enfermée dans une autre boîte en carton, puis dans un tiroir. Au bout de cinq heures, j'ai développé les plaques, et les silhouettes des lamelles cristallines ont apparu en noir, comme dans les expériences précédentes et comme si elles avaient été rendues phosphorescentes par la lumière. Pour la lamelle posée directement sur la gélatine, il y avait à peine une différence d'action entre les points de contact et les parties de la lamelle qui s'écartaient d'un millimètre environ de la gélatine; la différence peut être attribuée à la distance différente des sources des radiations actives.

不透明な厚紙の箱の底に感光乾板を一枚置き、その感光面の上にウラン塩の薄片を——凸型で、ゼラチン臭化銀に数点でしか触れないものを——のせた。かたわらには、同じ塩の別の薄片を、薄いガラス板でゼラチン臭化銀の表面から隔てて、同じ乾板の上に配した。この操作を暗室で行ったうえで箱を閉じ、さらに別の厚紙箱に納め、引き出しにしまった。五時間ののち乾板を現像すると、結晶薄片の影が、先の実験と同じく、また光で燐光を起こされたのと同じように、黒く現れた。ゼラチンの上に直接のせた薄片については、接触点と、ゼラチンから一ミリほど離れた部分とのあいだに、作用の差はほとんどなかった。その差は、活性な放射の源までの距離のちがいに帰せられよう。

かみくだくと意図してやり直した対照実験。最初から最後まで真っ暗。それでも五時間で像が出る。しかも接触点と一ミリ離れた点で濃さがほぼ同じ=距離でなだらかに弱まるだけの、直進する貫通放射のふるまい。可視の燐光では説明できません。

J'ai opéré de même avec le châssis fermé par une plaque d'aluminium, dans lequel j'ai mis une plaque photographique, puis à l'extérieur une lamelle du sel d'uranium. Enfin, au travers de la feuille d'aluminium, l'action a été considérablement plus faible, mais cependant très nette.

アルミニウム板でふさいだ暗箱でも同様に操作し、その中に感光乾板を入れ、外側にウラン塩の薄片を置いた。結局、アルミニウム箔越しでは、作用は著しく弱まったが、それでもきわめて明瞭であった。

かみくだくと暗所でも、さらにアルミを一枚はさんでも像は出る。弱まりはするが消えない。金属を貫く放射が、暗闇の中で出続けているという事実がここで固まります。

Une hypothèse qui se présente assez naturellement à l'esprit serait de supposer que ces radiations, dont les effets ont une grande analogie avec les effets produits par les radiations étudiées par MM. Lenard et Röntgen, seraient des radiations invisibles émises par phosphorescence, et dont la durée de persistance serait infiniment plus grande que la durée de persistance des radiations lumineuses émises par ces corps. Toutefois, les expériences présentes, sans être contraires à cette hypothèse, n'autorisent pas à la formuler. Les expériences que je poursuis en ce moment pourront, je l'espère, apporter quelques éclaircissements sur ce nouvel ordre de phénomènes.

かなり自然に思い浮かぶ一つの仮説は、こう考えることであろう——これらの放射は、その効果がレナルト氏およびレントゲン氏の研究した放射の効果と大きな類似をもつが、燐光によって放たれる目に見えない放射であって、その持続時間が、これらの物体が放つ可視の発光の持続時間より無限に長いのだ、と。とはいえ現在の実験は、この仮説に反しはしないものの、それを定式化することを許すものではない。目下続けている実験が、この新しい種類の現象にいくらかの光を投じてくれることを期待している。

かみくだくと結びで彼はまだ「これは"持続の長い燐光"かもしれない」と燐光に未練を残します。自分で燐光仮説を崩す事実を並べておきながら、名前だけは手放せていない。慎重といえば慎重、しかしこの一歩を踏み切るのは数か月後——金属ウランでも同じ放射が出ると分かったときです。

訳注

  1. 「前回の会合」は1896年2月24日の会。そこでベクレルは「燐光によって放たれる放射について」と題し、ウラン塩を日光にさらすと透過放射が出る、と報告していた。本稿はその一週間後の続報で、順序としては「まず燐光仮説を裏づけたように見えた24日の報告」→「それを覆す本稿」という流れになる。二本を続けて読むと、彼の見立てが揺らいでいく様子がよく分かる。
  2. 原文の化学式 SO⁴(UO)K + H²O は当時の記法で、上付き・下付きの区別も現代とは異なる。UO はウラニル基(現代表記 UO₂²⁺)を指し、物質は硫酸ウラニルカリウム——今日 K₂(UO₂)(SO₄)₂·2H₂O などと書かれる黄緑色の燐光結晶。ベクレル家は三代にわたる燐光研究の家系で、この結晶も父エドモンの標本棚に由来する。手近にあった燐光物質がたまたまウランを含んでいたことが、発見を呼び込んだ。
  3. この一文は地味だが証拠として重い。もし像の正体が可視の燐光なら、光は広がって拡散するので、密着した接触点だけが濃く、離れた部分は急に淡くなるはずである。ところが実際は接触点も一ミリ離れた点もほぼ同じ濃さで、距離とともになだらかに弱まるだけだった。これは点から素直に直進し、強い貫通力をもつ放射のふるまいであって、可視光の燐光では説明できない。
  4. 「持続時間が無限に長い燐光」という言い方に、彼のためらいが凝縮している。1/100秒で消えるはずの燐光が、暗所で何時間も作用を保つ——それはもはや燐光の定義を超えている。にもかかわらず「燐光(phosphorescence)」の語を手放さないのは、レントゲン以来の「燐光がX線を生む」という時代の期待に、なお片足を残していたからである。この未練が晴れるのは同年5月、燐光をほとんど示さない金属ウランでも同じ放射が確認されたときで、放射は燐光ではなくウラン元素そのものに由来すると判明する。

読み終えたあとに

この報告の直後、ベクレル自身が決定打を放ちます。1896年5月、彼は燐光をほとんど示さない金属ウランや非燐光性のウラン化合物でも同じ放射が出ることを確かめました。これで「燐光起源」という最後の未練が断たれ、放射の源はウランという元素そのものだと確定します。外から光を与えずとも、物質の内側から尽きることなく湧き出るエネルギー——古典物理のエネルギー保存則を素朴に読むと、不可解というほかない現象でした。

受け継がれたのは、まずこの「自発的に放射する物質がある」という事実そのものです。1898年、マリーとピエールのキュリー夫妻がこの「ウラン線」を定量的に追い、ポロニウムとラジウムを発見。マリー・キュリーが放射能(radioactivité)という語を造ります。やがてラザフォードとソディが、放射能は原子が別の元素へ変わっていく過程だと突きとめ、放射線はα・β・γに整理されていく。ベクレルはこの功績で1903年、キュリー夫妻とノーベル物理学賞を分かちました。ウランが「なぜ」光らずに放射し続けるのかが原子核のエネルギーとして理解されるのは、さらに後、20世紀の核物理の仕事です。

一方で、この論文自身の見立ての多くは否定・修正されました。ベクレルが最後まで残した「持続の長い燐光」という説明は誤りで、放射は燐光とは無関係だった。当初「日光で強まる」と見えた効果も、実は日光とは因果を持たなかった(前半の観察は、日光に当てても当てなくても像が出る以上、日光の寄与を過大評価していた)。つまりこの一本の結論部は間違っている。それでも科学史がこれを発見の記念碑と呼ぶのは、解釈ではなく現象を正しく捕らえ、記録したからです。曇り空という偶然を前に「淡いはず」という予想を裏切られたとき、彼は都合の悪い事実を捨てずに書き留めた。発見とはしばしば、正しい答えを出すことではなく、正しい問いを世界に手渡すことなのだと、この短い報告は教えてくれます。

原文と訳について/出典

本文のフランス語は、下記の公開転写と段落単位で照合しながら確定したものです。1896年の『科学アカデミー会報』(Comptes rendus)第122巻の誌面と、句読点・組版・化学式の上下付きの細部において異同がありうることをお断りしておきます。転写に残るごく少数の誤植(fixer fixerépassealumuniumplsu など明らかな重複・誤字)は、初出誌面に照らして正字に改めました。訳文は本サイト用の新訳で、原文の語順をなるべく保ちつつ現代日本語として読める範囲に整えています。radiations は文脈により「放射」、corps は「物体/物質」と訳し分けました。

次に読むなら:ベクレル「燐光によって放たれる放射について」(1896年2月24日)——本稿の一週間前、まだ燐光仮説を信じていた頃の報告/マリー・キュリー「ウランとトリウムの化合物が放つ線について」(1898)——「放射能」の語が現れ、現象が元素の性質として一般化される/アーネスト・ラザフォード「ウラン放射線とそれが生む電気伝導について」(1899)——放射線をα線・β線に切り分けた仕事。