Die Großstädte und das Geistesleben
一九〇三年、ドレスデンで都市博覧会が開かれます。上下水道、路面電車、住宅政策——都市を技術と行政の対象として展示する催しでした。その付随企画として組まれた連続講演に、ベルリンの一私講師が呼ばれます。彼が壇上でやったのは、都市の統計を読むことでも、都市計画を論じることでもありませんでした。都市に住むと人間の内側で何が起きるのか、それだけを二十数頁にわたって追いかけたのです。
問いはこう立てられます。近代人には、自分の存在の自立性と独自性を、社会・歴史・技術という圧倒的な力から守りたいという要求がある。大都市はその要求にとって何なのか。答えは単純ではありません。大都市は個人を平準化する装置であると同時に、他のどこにもない自由を個人に与える装置でもある。ジンメルはこの両義性を最後まで解消しません。
論証の運びは、驚くほど徴候的です。出発点は神経——街路を渡るときの刺激の速さ、印象の切り替わりの多さ。そこから知性が出てきて、知性から貨幣経済が出てきて、貨幣経済から倦怠が出てきて、倦怠から他人への内的留保が出てきて、その留保が裏返って自由になり、自由が分業を呼び、分業が「目立つこと」の強迫を生み、最後に個人の手に負えない大きさに膨れ上がった客観的文化が立ち現れる。街路の横断から文化の悲劇まで、一本の線でつながっている。ジンメル自身の言葉でいえば、存在の表面のどの一点からも、魂の深部へ測鉛を下ろすことができる、ということです。
この一本を読むと、都市の見え方が変わります。地下鉄で目を合わせないこと、隣人の顔を知らないこと、待ち合わせに遅れることが罪であること、時計が揃っていること、変わった服を着たくなること——これらが全部、ばらばらの習慣ではなく一つの体系の別々の面として見えてくる。それがこの論文の効き目です。
もう一つ。これは単独の論文ではなく、三年前に出た『貨幣の哲学』(一九〇〇年)の圧縮された応用篇です。あの大著が六百頁かけて展開した「貨幣は質を量に翻訳する」という主題が、ここでは都市という舞台に一挙に投影されている。そのぶん論証は速く、断定的で、証拠の代わりに洞察が並びます。長所と弱点が同じ場所にある種類の文章です。
数学的な予備知識は要りません。要るのは、ジンメルが使うドイツ語の術語がそれぞれ何を指しているか、そして一九〇〇年前後のベルリンで「神経」という語がどんな重みを持っていたか、この二つです。
| 原語 | 読み・訳 | 意味 |
|---|---|---|
| Großstadt | 大都市 | 直訳は「大きな町」。当時のドイツの行政上の定義では人口十万以上。ジンメルの念頭にあるのは何よりベルリンで、彼が生まれた一八五八年に約四十五万だった人口は、この講演の年には二百万を超えています。一世代のあいだに都市が別物になった、その只中で書かれた文章です。 |
| Geistesleben | 精神生活 | Geist(精神)+Leben(生活)。「知的生活」ではありません。感情・気分・反応の仕方まで含む、心の営み全体を指します。英訳の慣例は mental life。 |
| Nervenleben | 神経生活 | 当時の医学・大衆言説の語彙。次項参照。 |
| Unterschiedswesen | 差異存在 | ジンメルの造語に近い。「人間は差異でできている存在だ」=意識は前の印象との差によってしか刺激されない、という主張を一語に畳んだもの。 |
| Verstand | 悟性・知性 | 本稿では文脈に応じて「知性」「理知」と訳しました。カント以来の術語としては「悟性」ですが、ジンメルの用法は計算し比較する能力一般を指しており、認識論的な厳密さは持たせていません。 |
| Gemüt | 心情 | Verstand の対概念。情緒・気だて・肌合いのある心のはたらき。「心」「感情」ではやや広すぎ、「情操」では硬すぎるので「心情」を当てました。 |
| Sachlichkeit | 即物性 | Sache(事物・用件)から。人を人としてではなく用件として扱う態度。ジンメルはこれを非難ではなく記述として使い、「形式的な公正さが冷酷さと同居する」と書きます。一九二〇年代の芸術運動「新即物主義」の Sachlichkeit と同語。 |
| Blasiertheit | 倦怠・鈍麻 | フランス語 blasé の独語化。訳語が難しく、「無感動」「鈍感」「けだるさ」など諸訳があります。ジンメル自身の定義は「事物の差異に対する鈍麻」であって、感受性の欠如ではありません。区別が知覚できないのではなく、区別に意味がないと感じられる状態。本稿では「倦怠」を当て、必要に応じて原語を添えます。 |
| Reserviertheit | 留保・よそよそしさ | 他人に対して内側を開かない態度。英語 reserve と同義。冷淡さそのものではなく、冷淡さに見える形式だという点が要点です。 |
| objektive / subjektive Kultur | 客観的/主観的文化 | ジンメル文化論の中心概念。前者は書物・機械・法・制度・技法として人間の外に積み上がった精神の産物、後者は個人がそれを自分の内に取り込んで教養となしうる度合い。両者の乖離が拡大していくことを、彼はのちに「文化の悲劇」と呼びます。 |
| Arbeitsteilung | 分業 | アダム・スミス由来の経済学用語ですが、ジンメルはこれを人格の分化の原因として読み替えます。 |
| quatorzième | カトルジエム | フランス語で「十四番目」。訳注11参照。 |
本論の出発点である「神経生活の亢進」は、ジンメルの独創ではなく、当時ドイツ語圏を覆っていた語り口をそのまま持ち込んだものです。一八八〇年にアメリカの医師ジョージ・ビアードが「神経衰弱(neurasthenia)」を提唱し、文明の速度が神経の資本を枯渇させるという図式が瞬く間に輸入されました。ドイツでは Nervosität(神経過敏)が時代の診断名になり、電信・鉄道・新聞・大都市がその原因として名指しされます。
ですからジンメルの読者にとって、冒頭の一手は目新しい仮説ではなく、誰もが口にしていた常識でした。彼の新しさは診断ではなく、そこから先の運びにある——神経の話をたった数段落で切り上げ、貨幣・時間・自由・分業・文化へと系統的に接続してみせたところです。逆にいえば、この論文の土台になっている生理学的前提は、当時の流行語をほぼ無検証で受け取ったものです。ここは後で弱点として戻ってきます。
この講演を含む連続講演の記録は、ドレスデン市の都市博覧会(一九〇三年)に合わせて刊行されました。同じ巻には都市の統計、衛生、交通、行政をめぐる実務的な論考が並んでいます。ジンメルの一篇だけが、測れないものを扱っている。編者が彼に何を期待していたのかは分かりませんが、結果として、都市を数える書物の中に一つだけ都市を感じる書物が紛れ込むことになりました。今日まで残ったのはその一篇です。
本文は節に分かれておらず、切れ目なく続きます。しかし論の運びには明確な骨があります。先に骨だけ見ておくと、途中で迷いません。要点は、一本道ではなく途中で二股に分かれ、その両方が最後に同じ場所へ合流することです。
左段には、公開されている転写と校合して字句を確定できた原文を置きました。右段は論文全体の訳で、一段落も飛ばしていません。原文を確定できなかったわずかな箇所には、左段にその旨を記してあります。小見出しは原文にはなく、読みやすさのために訳者が入れたものです。
Die tiefsten Probleme des modernen Lebens quellen aus dem Anspruch des Individuums, die Selbständigkeit und Eigenart seines Daseins gegen die Übermächte der Gesellschaft, des geschichtlich Ererbten, der äußerlichen Kultur und Technik des Lebens zu bewahren – die letzterreichte Umgestaltung des Kampfes mit der Natur, den der primitive Mensch um seine leibliche Existenz zu führen hat.
近代生活のもっとも深い諸問題は、個人が自らの存在の自立性と独自性を、社会という優越した力、歴史的に受け継がれたもの、生の外面的な文化と技術に対して守り抜こうとする、その要求から湧き出してくる。それは、原始人がおのれの肉体的な存在をかけて自然と行わねばならなかった闘争が、最後に到達した形態変化にほかならない。
Wenn das 18. Jahrhundert zur Befreiung von allen historisch erwachsenen Bindungen in Staat und Religion, in Moral und Wirtschaft aufrief, damit die ursprünglich gute Natur, die in allen Menschen die gleiche ist, sich ungehemmt entwickle; wenn das 19. Jahrhundert neben der Freiheit die arbeitsteilige Besonderheit des Menschen und seiner Leistungen forderte, die ihn einzig und unentbehrlich macht, dabei aber ihn um so enger auf die Ergänzung durch alle anderen anwies; wenn Nietzsche in dem rücksichtslosen Kampf der Individuen, wenn der Sozialismus gerade in dem Niederhalten aller Konkurrenz die Bedingung für die volle Entwicklung der Individuen sehen – so ist in alledem das gleiche Grundmotiv wirksam: der Widerstand des Subjekts, in einem gesellschaftlich-technischen Mechanismus nivelliert und verbraucht zu werden.
Eine Untersuchung über den inneren Sinn des spezifisch modernen Lebens und seiner Produkte, über die Seele des Kulturkörpers sozusagen, muß der Gleichung nachforschen, die solche Gebilde zwischen den individuellen und den überindividuellen Inhalten des Lebens stiften; sie muß der Frage nachgehen, welche Anpassungen die Persönlichkeit vollzieht, durch die sie sich mit den ihr äußeren Mächten abfindet.
一八世紀が、国家と宗教における、道徳と経済における、歴史的に生い育ったいっさいの束縛からの解放を呼びかけたとき——すべての人間において同一である本来善なる自然本性が、妨げなく展開しうるようにと。また一九世紀が、自由と並んで、人間とその成果のもつ分業的な特殊性を要求したとき——それは人間を唯一無二の、欠くことのできない者にするが、そのぶん彼を、他のすべての者による補完へといっそう緊密に縛りつけるものでもあった。さらにニーチェが諸個人の仮借ない闘争のうちに、社会主義がまさにいっさいの競争を抑えつけることのうちに、諸個人の完全な発展の条件を見るとき——これらすべてにおいて働いているのは同一の根本動機である。すなわち、社会的・技術的な機構のうちで水平にならされ、使い果たされてしまうことに対する、主体の抵抗である。
特殊に近代的な生とその産物の内的意味についての探究、いわば文化という身体の魂についての探究は、そうした構成体が生の個人的な内容と超個人的な内容とのあいだに打ち立てる方程式を、探し出さねばならない。すなわち、人格がいかなる適応を成し遂げ、その適応によっておのれの外にある諸力とどう折り合いをつけるのか、という問いを追わねばならないのである。
Die psychologische Grundlage, auf der der Typus großstädtischer Individualitäten sich erhebt, ist die Steigerung des Nervenlebens, die aus dem raschen und ununterbrochenen Wechsel äußerer und innerer Eindrücke hervorgeht.
大都市的な個性という類型が立ち上がってくる心理学的な基盤は、神経生活の亢進である。それは、外的および内的な印象が速やかに、そして絶え間なく交替することから生じてくる。
Der Mensch ist ein Unterschiedswesen, d. h. sein Bewußtsein wird durch den Unterschied des augenblicklichen Eindrucks gegen den vorhergehenden angeregt; beharrende Eindrücke, Geringfügigkeit ihrer Differenzen, gewohnte Regelmäßigkeit ihres Ablaufs und ihrer Gegensätze verbrauchen sozusagen weniger Bewußtsein, als die rasche Zusammendrängung wechselnder Bilder, der schroffe Abstand innerhalb dessen, was man mit einem Blick umfaßt, die Unerwartetheit sich aufdrängender Impressionen.
人間は差異存在である。すなわちその意識は、今この瞬間の印象が直前の印象に対してもつ差によって刺激される。持続する印象、差の乏しさ、経過と対比の習慣化された規則性は、いわば意識の消費が少ない。これに対して、移り変わる像の急速な圧縮、一望のうちに収まる範囲での断崖のような落差、押し寄せてくる印象の予期しがたさは、はるかに多くの意識を食う。
Indem die Großstadt gerade diese psychologischen Bedingungen schafft – mit jedem Gang über die Straße, mit dem Tempo und den Mannigfaltigkeiten des wirtschaftlichen, beruflichen, gesellschaftlichen Lebens – stiftet sie schon in den sinnlichen Fundamenten des Seelenlebens, in dem Bewußtseinsquantum, das sie uns wegen unserer Organisation als Unterschiedswesen abfordert, einen tiefen Gegensatz gegen die Kleinstadt und das Landleben, mit dem langsameren, gewohnteren, gleichmäßiger fließenden Rhythmus ihres sinnlich-geistigen Lebensbildes.
大都市はまさにこうした心理学的条件を作り出す——街路を横断するたびに、経済生活・職業生活・社会生活のテンポと多様性のうちに。そうすることで大都市は、すでに心的生活の感性的な土台において、すなわち差異存在というわれわれの成り立ちゆえに、大都市がわれわれから要求してくる意識の量において、小都市や田舎の生活に対する深い対照を打ち立てている。田舎の生活は、その感性的・精神的な生の像において、より緩やかで、より慣れ親しまれ、より均等に流れるリズムをもつのである。
Daraus wird vor allem der intellektualistische Charakter des großstädtischen Seelenlebens begreiflich, gegenüber dem kleinstädtischen, das vielmehr auf das Gemüt und gefühlsmäßige Beziehungen gestellt ist.
ここからまず理解できるようになるのが、大都市の心的生活がもつ主知主義的な性格である——むしろ心情と情緒的な関係のうえに置かれている、小都市の心的生活と引き比べたときに。
Denn diese wurzeln in den unbewußteren Schichten der Seele und wachsen am ehesten an dem ruhigen Gleichmaß ununterbrochener Gewöhnungen.
Der Ort des Verstandes dagegen sind die durchsichtigen, bewußten, obersten Schichten unserer Seele; er ist die anpassungsfähigste unserer inneren Kräfte; um sich mit dem Wechsel und Gegensatz der Erscheinungen abzufinden, bedarf er nicht der Erschütterungen und des inneren Umgrabens, wodurch allein das konservativere Gemüt sich in den gleichen Rhythmus der Erscheinungen schickt.
というのも、心情も情緒的な関係も、魂のより意識されない層に根を張っており、途切れることのない慣れの静かな均等さのうちで、もっともよく育つからである。
これに対して悟性の座は、われわれの魂の透明な、意識された、最上の諸層である。悟性はわれわれの内的な諸力のうちでもっとも順応性に富む。現象の変転と対比に折り合いをつけるために、悟性は、より保守的な心情がそれを経てはじめて同じ現象のリズムに身を合わせる、あの動揺と内的な掘り返しを必要としないのである。
So schafft der Typus des Großstädters – der natürlich von tausend individuellen Modifikationen umspielt ist – sich ein Schutzorgan gegen die Entwurzelung, mit der die Strömungen und Diskrepanzen seines äußeren Milieus ihn bedrohen: statt mit dem Gemüt reagiert er auf diese im wesentlichen mit dem Verstande, dem die Steigerung des Bewußtseins, wie dieselbe Ursache sie erzeugte, die seelische Prärogative verschafft.
こうして大都市人という類型は——むろん無数の個人的な変奏がそのまわりに戯れているのだが——一つの保護器官を自らに作り出す。外的環境の潮流と齟齬が自分を根こぎにしようと脅かしてくる、それに抗するための器官である。彼はこれらに対して、心情ではなく本質的には悟性をもって反応する。意識の亢進——それを生み出したのと同じ原因が——その悟性に、魂のうえでの優先権を与えるのである。
Diese Verstandesmäßigkeit, so als ein Präservativ des subjektiven Lebens gegen die Vergewaltigungen der Großstadt erkannt, verzweigt sich in und mit vielfachen Einzelerscheinungen.
主観的な生を大都市の暴力に対して保つ防腐剤としてのこの理知性は、無数の個別現象へと枝分かれしてゆく。
Die Großstädte sind von jeher die Sitze der Geldwirtschaft gewesen, weil die Mannigfaltigkeit und Zusammendrängung des wirtschaftlichen Austausches dem Tauschmittel eine Wichtigkeit verschafft, zu der es bei der Spärlichkeit des ländlichen Tauschverkehrs nicht gekommen wäre.
大都市は昔から貨幣経済の座であった。経済的交換の多様さと密集が、交換手段に対して、農村の乏しい交換往来のもとでは決して生じなかったであろうほどの重要性を与えるからである。
Geldwirtschaft aber und Verstandesherrschaft stehen im tiefsten Zusammenhange. Ihnen ist gemeinsam die reine Sachlichkeit in der Behandlung von Menschen und Dingen, in der sich eine formale Gerechtigkeit oft mit rücksichtsloser Härte paart.
ところで貨幣経済と悟性の支配とは、もっとも深いところで連関している。両者に共通するのは、人と物を扱う際の純粋な即物性であり、そこでは形式的な公正さがしばしば容赦のない冷酷さと対をなす。
Der rein verstandesmäßige Mensch ist gegen alles eigentlich Individuelle gleichgültig, weil sich aus diesem Beziehungen und Reaktionen ergeben, die mit dem logischen Verstande nicht auszuschöpfen sind – gerade wie in das Geldprinzip die Individualität der Erscheinungen nicht eingeht.
Denn das Geld fragt nur nach dem, was ihnen allen gemeinsam ist, nach dem Tauschwert, der alle Qualität und Eigenart auf die Frage nach dem bloßen Wieviel nivelliert.
純粋に悟性的な人間は、およそ本来的に個別的なものすべてに対して無関心である。というのも、そこからは論理的な悟性では汲み尽くせない関係と反応が生じてくるからである——ちょうど、貨幣の原理には現象の個別性が入り込まないのと同じように。
貨幣が問うのは、それらすべてに共通するもの、すなわち交換価値だけである。交換価値は、あらゆる質と独自性を、ただ「いくらか」という問いへと均してしまう。
Alle Gemütsbeziehungen zwischen Personen gründen sich auf deren Individualität, während die verstandesmäßigen mit den Menschen wie mit Zahlen rechnen, wie mit an sich gleichgültigen Elementen, die nur nach ihrer objektiv abwägbaren Leistung ein Interesse haben. Der Großstädter rechnet so mit seinen Lieferanten und Abnehmern, seinen Dienstboten und oft sogar mit den Personen seines gesellschaftlichen Pflichtverkehrs; in dem Gegensatz zu dem Charakter des kleineren Kreises, in dem die unvermeidliche Kenntnis der Individualitäten ebenso unvermeidlich eine gemütvollere Tönung des Verhaltens erzeugt.
Das Wesentliche auf wirtschaftspsychologischem Gebiet ist hier, daß in primitiveren Verhältnissen für den Kunden produziert wird, der die Ware bestellt, so daß Produzent und Abnehmer sich gegenseitig kennen. Die moderne Großstadt aber nährt sich fast völlig von der Produktion für den Markt, d. h. für ganz unbekannte, nie in den Gesichtskreis des eigentlichen Produzenten tretende Abnehmer.
Dadurch bekommt das Interesse beider Parteien eine unbarmherzige Sachlichkeit, ihr verstandesmäßig rechnender wirtschaftlicher Egoismus hat keine Ablenkung durch die Imponderabilien persönlicher Beziehungen zu fürchten.
Und dies steht offenbar mit der Geldwirtschaft, die die Großstadt beherrscht und die die Kundenarbeit täglich mehr reduziert, in so enger Wechselwirkung, daß niemand zu sagen wüßte, ob zuerst jene seelische, intellektualistische Verfassung auf die Geldwirtschaft hindrängte, oder ob diese der bestimmende Faktor für jene war.
人と人とのあらゆる心情的な関係は、その個別性のうえに基礎づけられている。これに対して悟性的な関係は、人間を数のように、それ自体としては無差別な要素のように計算し、客観的に秤にかけうる成果によってのみ相手に関心をもつ。大都市人は、自分の供給者や顧客に対して、召使いに対して、そしてしばしば社交上の義務でつきあう相手に対してさえ、こう計算するのである。より小さな円ではそうはいかない。そこでは個々人を知らずにいられず、そのことが同じように否応なく、ふるまいにより心情のこもった色合いを生む。
経済心理学の領域でここで本質的なのは、より原始的な状態にあっては、商品を注文した顧客のために生産が行われ、したがって生産者と受け取り手とが互いを知っている、ということである。ところが近代の大都市はほとんどまったく市場のための生産によって、すなわち、まったく見知らぬ、本来の生産者の視界に決して入ってこない受け取り手のための生産によって、自らを養っている。
それによって双方の当事者の利害は、無慈悲なまでの即物性を帯びる。理知的に計算する経済的なエゴイズムは、人格的な関係の測りがたい重みによって自分の進路が逸らされることを、まったく恐れなくてよくなるのである。
そしてこのことは明らかに、大都市を支配し、顧客の注文による仕事を日ごとに減らしてゆく貨幣経済と、きわめて緊密な相互作用のうちにある。あまりに緊密なので、あの心的で理知主義的な構えが先に貨幣経済を押し進めたのか、それとも貨幣経済のほうが前者を規定した要因だったのか、誰にも言うことができないほどである。
Sicher ist nur, daß die Form des großstädtischen Lebens der nährendste Boden für diese Wechselwirkung ist; was ich nur noch mit dem Ausspruch des bedeutendsten englischen Verfassungshistorikers belegen will: im Verlauf der ganzen englischen Geschichte habe London niemals als das Herz von England gehandelt, oft als sein Verstand und immer als sein Geldbeutel!
確かなのはただ、大都市的な生の形式こそがこの相互作用にとってもっとも栄養に富んだ土壌である、ということだけだ。これについては、もっとも重要なイギリスの憲政史家の言をもって裏づけるにとどめよう。いわく——イギリスの歴史の全経過を通じて、ロンドンはついぞイングランドの心臓としてふるまったことはない、しばしばその頭脳として、そしてつねにその財布としてふるまったのだ、と。
An einem scheinbar unbedeutenden Zuge auf der Oberfläche des Lebens vereinigen sich, nicht wenig charakteristisch, dieselben seelischen Strömungen. Der moderne Geist ist mehr und mehr ein rechnender geworden.
Dem Ideale der Naturwissenschaft, die Welt in ein Rechenexempel zu verwandeln, jeden Teil ihrer durch mathematische Formeln festzulegen, entspricht die rechnerische Exaktheit des praktischen Lebens, die ihm die Geldwirtschaft gebracht hat; sie erst hat den Tag so vieler Menschen mit Abwägen, Rechnen, zahlenmäßigem Bestimmen, Reduzieren qualitativer Werte auf quantitative ausgefüllt.
生の表面にあらわれた、一見どうでもよいような一つの徴のうちにも、同じ心的な諸潮流が——それ自体かなり徴候的なことに——一つに合わさっている。近代の精神は、ますます計算する精神になった。
世界を一個の計算問題に変え、世界のあらゆる部分を数学的な公式によって確定するという自然科学の理想に対応するのが、貨幣経済が実践的な生にもたらした計算上の厳密さである。貨幣経済こそが、これほど多くの人間の一日を、秤にかけること、計算すること、数値で決めること、質的な価値を量的なそれへと還元することで満たしたのである。
Durch das rechnerische Wesen des Geldes ist in das Verhältnis der Lebenselemente eine Präzision, eine Sicherheit in der Bestimmung von Gleichheiten und Ungleichheiten, eine Unzweideutigkeit in Verabredungen und Ausmachungen gekommen, wie sie äußerlich durch die allgemeine Verbreitung der Taschenuhren zustande gekommen ist.
Aber es sind die Bedingungen der Großstadt, die für diesen Zug ebenso Ursache wie Wirkung sind. Die Beziehungen und Angelegenheiten des typischen Großstädters pflegen so mannigfaltig und kompliziert zu sein, daß ohne die genaueste Pünktlichkeit in Versprechungen und Leistungen das Ganze zu einem unentwirrbaren Chaos zusammenbrechen würde.
Dazu kommt, scheinbar noch äußerlicher, die Größe der Entfernungen, die alles Warten und Vergebenskommen zu einem gar nicht aufzubringenden Zeitaufwand macht.
貨幣の計算的な本性によって、生の諸要素の関係のうちには、ある精密さ、等しさと等しくなさの決定における確かさ、取り決めと約束における一義性が入り込んできた。外面的には、懐中時計が一般に普及したことがこれと同じ働きをしている。
だが大都市の諸条件こそが、この特徴の原因であると同時に結果でもある。典型的な大都市人の諸関係と諸用件はきわめて多様で錯綜しているのが常であり、約束と履行におけるもっとも厳密な時間の正確さがなければ、その全体はほどきようのない混沌へと崩れ落ちてしまうであろう。
そこにさらに、一見もっと外面的なものとして、隔たりの大きさが加わる。隔たりの大きさは、待つことも空足を踏むことも、およそ負担しきれない時間の支出にしてしまうのである。
Wenn alle Uhren in Berlin plötzlich in verschiedener Richtung falschgehen würden, auch nur um den Spielraum einer Stunde, so wäre sein ganzes wirtschaftliches und sonstiges Verkehrsleben auf lange hinaus zerrüttet.
もしベルリンのすべての時計が突然、それぞれ違う方向に狂ったとしたら——たとえ一時間の幅のうちにおさまるとしても——この都市の経済的な、またその他の交通生活は、長きにわたって崩壊してしまうであろう。
Aber auch hier tritt hervor, was überhaupt nur die Aufgabe dieser Betrachtungen sein kann: daß sich von jedem Punkte an der Oberfläche des Daseins, so sehr er nur in und aus dieser erwachsen scheint, ein Senkblei in die Tiefe der Seelen schicken läßt, daß alle banalsten Äußerlichkeiten schließlich durch Richtungslinien mit den letzten Entscheidungen über den Sinn und Stil des Lebens verbunden sind.
だがここにも、そもそもこうした考察の課題でしかありえないものが顔を出している。すなわち、存在の表面のどの一点からも——その点がどれほど、この表面のうちで、この表面から生い育ったものにしか見えないとしても——魂の深みへと測鉛を下ろすことができる、ということである。もっとも卑近な外面性のすべてが、結局は、生の意味と様式についての究極の決定と、方向を示す線によって結ばれているのだ。
Die Pünktlichkeit, Berechenbarkeit, Exaktheit, die die Komplikationen und Ausgedehntheiten des großstädtischen Lebens ihm aufzwingen, steht nicht nur im engsten Zusammenhange mit ihrem geldwirtschaftlichen und intellektualistischen Charakter, sondern muß auch die Inhalte des Lebens färben und den Ausschluß jener irrationalen, instinktiven, souveränen Wesenszüge und Impulse begünstigen, die von sich aus die Lebensform bestimmen wollen, statt sie als eine allgemeine, schematisch präzisierte von außen zu empfangen.
時間の正確さ、計算可能性、厳密さ——大都市の生の複雑さと広がりがそれを強いてくるのだが——は、その貨幣経済的で理知主義的な性格ともっとも緊密に連関しているだけではない。それは生の内容そのものを色づけずにはおかず、あの非合理的で、本能的で、主権的な性格の諸特徴と衝動を締め出す方向に働かずにはいない。それらの衝動は、生の形式を自分自身のほうから規定しようとするものであって、一般的で図式的に精密化された形式を外から受け取ろうとはしないのである。
Wenn auch die durch solche charakterisierten selbstherrlichen Existenzen keineswegs in der Stadt unmöglich sind, so sind sie doch ihrem Typus entgegengesetzt. Und eben damit erklärt sich der leidenschaftliche Haß von Naturen wie Ruskin und Nietzsche gegen die Großstadt – Naturen, die allein in dem unschematisch eigenartigen, nicht für alle gleichmäßig präzisierbaren den Wert des Lebens finden und denen deshalb aus der gleichen Quelle wie jener Haß der gegen die Geldwirtschaft und gegen den Intellektualismus des Daseins quillt.
そうした特徴をもつ主権的な存在が都市においておよそ不可能だというわけではないにせよ、それらは都市の類型とは対立している。まさにそのことから、ラスキンやニーチェのような性格が大都市に対して抱いた激しい憎悪が説明される——生の価値を、図式化されない独自なもの、すべての人に等しく精密化することのできないもののうちにのみ見いだす性格であり、それゆえ彼らのうちでは、あの憎悪と同じ源から、貨幣経済に対する憎悪と、現存在の理知主義に対する憎悪とが湧き出しているのである。
Dieselben Faktoren, die so in der Exaktheit und Minutiosität der Lebensform sich zu einem Gebilde von höchster Unpersönlichkeit zusammengeronnen sind, wirken andererseits auf ein höchstpersönliches hin. Es giebt vielleicht keine seelische Erscheinung, die so unbedingt der Großstadt vorbehalten wäre, wie die Blasiertheit.
生の形式を厳密で細密なものにし、そうやって極度に非人格的な形成物へと凝り固まった当の諸要因が、他方では、極度に人格的なものへ向かっても働く。おそらく、倦怠(Blasiertheit)ほど無条件に大都市に留保された心的現象はない。
Sie ist zunächst die Folge jener rasch wechselnden und in ihren Gegensätzen eng zusammengedrängten Nervenreize, aus denen uns auch die Steigerung der großstädtischen Intellektualität hervorzugehen schien; weshalb denn auch dumme und von vornherein geistig unlebendige Menschen nicht gerade blasiert zu sein pflegen.
Wie ein maßloses Genußleben blasiert macht, weil es die Nerven so lange zu ihren stärksten Reaktionen aufregt, bis sie schließlich überhaupt keine mehr hergeben; so zwingen auch harmlosere Eindrücke durch die Raschheit und Gegensätzlichkeit ihres Wechsels so gewaltsame Antworten ab, reißen die Nerven so brutal hin und her, daß sie ihre letzte Kraftreserve herausschleudern und, in dem gleichen Milieu bleibend, keine Zeit haben, eine neue zu sammeln.
Die hieraus entspringende Unfähigkeit, auf neue Reize mit der ihnen angemessenen Energie zu reagieren, ist eben jene Blasiertheit, die eigentlich schon jedes Kind der Großstadt im Vergleich mit Kindern ruhigerer und abwechslungsloserer Milieus zeigt.
それはまず、あの急速に変転し、密に圧縮された対照的な神経刺激の帰結である。大都市的な理知性の亢進も、そこから湧き出してくるように見える。だからこそ、はじめから知的に生気を欠いた鈍い人間は、まさしく倦怠しているわけではない。
度を越した享楽の生活が人を倦怠へ導くのは、神経を長きにわたってもっとも強い反応へと煽り立て、ついに神経が何ひとつ返さなくなるところまで持っていくからである。それと同じように、それ自体は無害な印象も——変転の速さと、そこに含まれる矛盾によって——これほど激しい応答を強い、神経をかくも荒々しく引き回すので、神経は最後の力の蓄えまで吐き出してしまい、しかも同じ環境にとどまるかぎり、新しい蓄えを集める暇がない。
こうして生じる、新しい刺激に対して適切なエネルギーをもって反応する能力の欠如——それこそがあの倦怠である。それは実のところ、あらゆる大都市の子どもが、より静かで変化に乏しい環境の子どもたちと比べたときに示すものなのだ。
Mit dieser physiologischen Quelle der großstädtischen Blasiertheit vereinigt sich die andere, die in der Geldwirtschaft fließt.
Das Wesen der Blasiertheit ist die Abstumpfung gegen die Unterschiede der Dinge, nicht in dem Sinne, daß sie nicht wahrgenommen würden, wie von dem Stumpfsinnigen, sondern so, daß die Bedeutung und der Wert der Unterschiede der Dinge und damit der Dinge selbst als nichtig empfunden wird. Sie erscheinen dem Blasierten in einer gleichmäßig matten und grauen Tönung, keines wert, dem anderen vorgezogen zu werden.
この、大都市的倦怠の生理学的な源泉に、もう一つの源泉が合流する。貨幣経済から流れ出す源泉である。
倦怠の本質は、事物の差異に対する鈍麻である。それは、鈍い人間がそうであるように差異が知覚されないという意味ではない。そうではなく、事物の差異の意味と価値が、したがって事物そのものの意味と価値が、無であると感じられるという意味においてである。倦怠した者には、事物は一様にくすんだ灰色の色調のうちに現れる。どれ一つとして、他のものより選ばれるに値しない。
Indem das Geld alle Mannigfaltigkeiten der Dinge gleichmäßig aufwiegt, alle qualitativen Unterschiede zwischen ihnen durch Unterschiede des Wieviel ausdrückt, indem das Geld, mit seiner Farblosigkeit und Indifferenz, sich zum Generalnenner aller Werte aufwirft, wird es der fürchterlichste Nivellierer, es höhlt den Kern der Dinge, ihre Eigenart, ihren spezifischen Wert, ihre Unvergleichbarkeit rettungslos aus.
貨幣は、事物のあらゆる多様性を等しく秤にかけ、それらのあいだのあらゆる質的差異を「いくらか」の差異によって表現する。貨幣は、その無色性と無差別性とをもって、あらゆる価値の一般分母として身を立てる。そうすることによって貨幣はもっとも恐るべき平準化装置となり、事物の核心を、その独自性を、その固有の価値を、その比較不可能性を、救いようもなく空洞化してしまう。
Sie schwimmen alle mit gleichem spezifischen Gewicht in dem fortwährend bewegten Geldstrome, sie liegen alle in der selben Ebene und unterscheiden sich nur durch die Größe der Stücke, die sie von dieser decken. Im einzelnen Fall mag diese Färbung, oder vielmehr Entfärbung der Dinge durch ihre Äquivalenz mit dem Gelde unmerklich klein sein; allein in dem Verhältnis, das der Reiche zu den für Geld zu habenden Objekten hat, ja vielleicht in dem Gesamtcharakter, den der öffentliche Geist jetzt diesen Objekten allenthalben erteilt, ist er zu einer sehr merkbaren Größe angehäuft.
Deshalb sind die Großstädte, die Hauptsitze des Geldverkehrs, in denen die Käuflichkeit der Dinge sich in ganz anderem Umfange aufdrängt als in kleineren Verhältnissen, auch die eigentlichen Stätten der Blasiertheit. In ihr gipfelt sich gewissermaßen jener Erfolg jener Zusammendrängung von Menschen und Dingen auf, die das Individuum zu seiner höchsten Nervenleistung reizt; durch die quantitative Steigerung der gleichen Bedingungen schlägt dieser Erfolg in sein Gegenteil um, in diese eigentümliche Anpassungserscheinung der Blasiertheit.
Diese Seelenstimmung ist der getreue subjektive Reflex der völlig durchgedrungenen Geldwirtschaft — die Selbsterhaltung gewisser Naturen, um den Preis, die ganze objektive Welt zu entwerten, was dann am Ende die eigene Persönlichkeit unvermeidlich in ein Gefühl gleicher Entwertung hinabzieht.
事物はすべて、絶えず動いている貨幣の流れのうちを、等しい比重で漂う。すべてが同じ平面に横たわり、その平面のうち覆っている部分の大きさによってのみ区別される。個々の場合には、貨幣との等価性による事物のこの色づけ——というよりむしろ脱色——は、感知しがたいほど小さいかもしれない。だが、金で手に入る対象に対して富者がもつ関係のうちでは、いやおそらくは、いま公共の精神がそうした対象にいたるところで与えている全体的な性格のうちでは、それはきわめて感知しやすい大きさにまで積み上がっている。
だからこそ、貨幣取引の主要な座であり、事物の購買可能性が小さな環境とはまるで違った規模で前面に押し出されてくる大都市は、まさに倦怠の本来の場所でもある。そこにおいて、個人を最高の神経の働きへと刺激する、あの人と物の密集がもたらす成功が、いわば頂点に達する。そして同じ諸条件が量的に亢進することによって、この成功はその反対物へ——倦怠という、あの奇妙な適応現象へ——転化するのである。
この魂の気分こそ、完全に浸透しきった貨幣経済の忠実な主観的反映である——ある種の性格の自己保存であり、しかも客観的世界の全体を無価値にするという代償を払ってのそれである。そしてそれは結局、自分自身の人格をも同じ無価値さの感情のうちへ引きずり下ろさずにはおかない。
Während das Subjekt diese Existenzform ganz mit sich abzumachen hat, verlangt seine Selbsterhaltung gegenüber der Großstadt von ihm ein nicht weniger negatives Verhalten sozialer Natur. Die geistige Haltung der Großstädter zueinander wird man in formaler Hinsicht als Reserviertheit bezeichnen dürfen.
Wenn der fortwährenden äußeren Berührung mit unzähligen Menschen so viele innere Reaktionen antworten sollten, wie in der kleinen Stadt, in der man fast jeden Begegnenden kennt und zu jedem ein positives Verhältnis hat, so würde man sich innerlich völlig atomisieren und in eine ganz unausdenkbare seelische Verfassung geraten.
主体がこの存在形式をまったく自分ひとりで片づけねばならないのに対して、大都市を前にした自己保存は、彼に対して、他人に向けても同じように否定的なふるまいを要求する。大都市人が互いに対してとる精神的な態度は、形式の面から見れば「内的留保」と呼んでよいだろう。
もし、無数の人々との絶え間ない外的な接触に対して、小さな町におけると同じだけの数の内的反応が応じなければならないとしたら——小さな町では出会う相手のほとんどを知っており、誰に対しても積極的な関係をもっている——人は内側で完全に原子化されてしまい、まったく考えも及ばない心の状態に陥ってしまうであろう。
Teils dieser psychologische Umstand, teils das Recht auf Mißtrauen, das wir gegenüber den in flüchtiger Berührung vorüberstreifenden Elementen des großstädtischen Lebens haben, nötigt uns zu jener Reserve, infolge deren wir jahrelange Hausnachbarn oft nicht einmal von Ansehen kennen und die uns dem Kleinstädter so oft als kalt und gemütlos erscheinen läßt.
Ja, wenn ich mich nicht täusche, ist die Innenseite dieser äußeren Reserve nicht nur Gleichgültigkeit, sondern, häufiger als wir es uns zum Bewußtsein bringen, eine leise Aversion, eine gegenseitige Fremdheit und Abstoßung, die in dem Augenblick einer irgendwie veranlaßten nahen Berührung sogleich in Haß und Kampf ausschlagen würde.
一部はこの心理学的な事情が、一部は大都市生活のうつろいやすい接触に対してわれわれがもつ不信の権利が、われわれをあの内的留保へと強いる。その結果われわれは、何年も隣人であった人々を顔さえ知らないということがしばしばあり、そしてそのことによって、小都市の人間の目にはかくもしばしば冷たく無情に映るのである。
いやそれどころか、私の思い違いでなければ、この外的な留保の内側にあるのは、単なる無関心ではない。われわれが意識に上らせるよりもはるかにしばしば、それはかすかな反感であり、相互の疎遠さと反発である。それは、何らかのきっかけで近しい接触が生じた瞬間には、ただちに憎悪と闘争へと燃え上がるであろうような種類のものだ。
Die ganze innere Organisation eines derartig ausgedehnten Verkehrslebens beruht auf einem außerordentlich mannigfaltigen Stufenbau der Sympathien, Gleichgültigkeiten und Aversionen, der kürzesten wie der dauerndsten Art. Die Sphäre der Gleichgültigkeit ist dabei nicht so groß, wie es oberflächlich scheint; die Aktivität unserer Seele antwortet doch fast auf jeden Eindruck seitens eines anderen Menschen mit einer irgendwie bestimmten Empfindung, deren Unbewußtheit, Flüchtigkeit und Wechsel sie nur in eine Indifferenz aufzuheben scheint. Thatsächlich wäre diese letztere uns ebenso unnatürlich, wie die Verschwommenheit wahlloser gegenseitiger Suggestion unerträglich, und von diesen beiden typischen Gefahren der Großstadt bewahrt uns die Antipathie
…so daß das, was in dieser unmittelbar als Dissoziierung erscheint, in Wirklichkeit nur eine ihrer elementaren Sozialisierungsformen ist.
これほど広がりをもった交通生活の内的組織の全体は、共感・無関心・反感の、きわめて多様な段階づけのうえに——もっとも短命なものからもっとも持続的なものまで——成り立っている。無関心の領域は、表面から見えるほど大きくはない。われわれの魂の活動は、他人からのほとんどあらゆる印象に対して、なお何らかの仕方で規定された感情をもって応じており、ただその感情の無意識性と、うつろいやすさと、変わりやすさとが、それを無関心へと昇華させているように見えるだけなのである。
実際、この無関心なるものはわれわれにとって不自然であろう——見境なく互いを暗示しあう茫漠さが耐えがたいであろうのと、ちょうど同じように。大都市のこの二つの典型的な危険から、われわれを守っているのが反感である。だからこそ、大都市生活において直接には解離として現れるものが、実際にはその基礎的な社会化形式の一つにすぎないのである。
Diese Reserviertheit mit dem Oberton versteckter Aversion erscheint nun wieder als die Form oder das Gewand eines viel allgemeineren geistigen Wesens der Großstadt. Sie gewährt nämlich dem Individuum eine Art und ein Maß persönlicher Freiheit, zu der es in anderen Verhältnissen gar keine Analogie giebt.
Sie geht auf eine der großen Entwicklungstendenzen des sozialen Lebens überhaupt zurück, auf eine der wenigen, für die eine annähernd durchgängige Formel auffindbar ist.
ひそかな反感という副次音をともなうこの内的留保は、翻って、大都市のはるかに一般的な精神的本質の形式ないし衣装として現れてくる。それはすなわち、個人に対して、他のいかなる関係のうちにも類例を見いだしえないような種類と度合いの人格的自由を与えるのである。
そしてそれは、社会生活の大きな発展傾向の一つ、おそらくその形式を純粋に定式化しうる数少ない傾向の一つに、さかのぼる。
Das früheste Stadium sozialer Bildungen, das sich an den historischen wie an gegenwärtig sich gestaltenden findet, ist dieses: ein relativ kleiner Kreis, mit starken Abschluß gegen benachbarte, fremde oder irgendwie antagonistische Kreise, dafür aber mit engem Zusammenschluß in sich selbst, der dem einzelnen Mitglied nur einen geringen Spielraum für die Entfaltung eigenartiger Qualitäten und freier, für sich selbst verantwortlicher Bewegungen gestattet. So beginnen politische und familiäre Gruppen, so Parteibildungen, so Religionsgenossenschaften; die Selbsterhaltung sehr junger Vereinigungen fordert strenge Grenzsetzung und zentripetale Einheit und kann deshalb dem Individuum nicht seine Freiheit und Besonderheit innerer und äußerer Entwicklung einräumen.
In dem Maße, in dem die Gruppe wächst – numerisch, räumlich, an Bedeutung und Lebensinhalten – lockert sich ihre unmittelbare innere Einheit, wird die Schärfe der ursprünglichen Abgrenzung gegen andere durch Wechselbeziehungen und Konnexe gemildert; und zugleich gewinnt der Einzelne Bewegungsfreiheit, weit über die erste eifersüchtige Eingrenzung hinaus, und eine Eigenart und Besonderheit, zu der die Arbeitsteilung in der größer gewordenen Gruppe Gelegenheit und Nötigung gibt.
Nach dieser Formel hat sich der Staat und das Christentum, Zünfte und politische Parteien und unzählige andere Gruppen entwickelt.
もっとも初期の社会形成体は、比較的小さな円であって、隣接する、あるいは異質な、あるいは何らかの仕方で対立する円に対して厳しく閉ざされ、そのかわり内側では緊密にまとまっており、個々の成員には独自の資質を展開したり自由に自己責任で動いたりする余地を、わずかしか許さなかった。政治的な集団も家族的な集団も、党派の形成も宗教的な結社も、みなこのように始まる。まだ若い結社の自己保存は、厳格な境界設定と求心的な統一を要求するのであり、したがってそれは個人に対して、内的にも外的にも、発展の自由と独自性を許すことができない。
この段階から社会の発展は、同時に二つの相異なる、しかし互いに照応しあう方向へ進んでゆく。集団が——数においても、空間においても、生の意義と内容においても——大きくなるにつれて、その直接的な内的統一はゆるみ、他に対する当初の峻別の鋭さは、相互の関係と結合によってやわらげられる。そしてそれと同時に、個人は運動の自由を——最初の嫉妬深い境界づけをはるかに超えて——獲得し、拡大した集団における分業が機縁と必要とを同時に与えるような独自性と一回性とを獲得するのである。
この定式にしたがって、国家とキリスト教、ギルドと政党、その他の数えきれない集団が発展してきた。
Das Kleinstadtleben im Altertum wie im Mittelalter legte dem Einzelnen Schranken der Bewegung und Beziehungen nach außen, der Selbständigkeit und Differenzierung nach innen auf, unter denen der moderne Mensch nicht atmen könnte. Noch heute empfindet der Großstädter, in die Kleinstadt versetzt, eine wenigstens der Art nach gleiche Beengung. Je kleiner ein solcher Kreis ist, je beschränkter die grenzenlösenden Beziehungen zu anderen, um so ängstlicher wacht er über die Leistungen, die Lebensführung, die Gesinnungen des Individuums, um so eher würde eine quantitative und qualitative Sonderart den Rahmen des Ganzen sprengen.
Die antike Polis scheint nach dieser Richtung ganz den Charakter der Kleinstadt gehabt zu haben. Die fortwährende Bedrohtheit ihrer Existenz durch Feinde von nah und fern bewirkte jenen straffen Zusammenhalt in politischer und militärischer Hinsicht, jene Beaufsichtigung des Bürgers durch den Bürger, jene Eifersucht der Gesamtheit gegen den Einzelnen, dessen Sonderleben so in einem Maße niedergehalten war, für den er sich höchstens durch den Despotismus seinem Hause gegenüber schadlos halten konnte.
Die ungeheure Bewegtheit und Erregtheit, die einzigartige Farbigkeit des athenischen Lebens erklärt sich vielleicht daraus, daß ein Volk von unvergleichlich individuell angelegten Persönlichkeiten gegen den steten inneren und äußeren Druck einer entindividualisierenden Kleinstadt ankämpfte. Dies erzeugte eine Atmosphäre von Gespanntheit, in der die schwächeren niedergehalten und die starken zu den leidenschaftlichsten Selbstbewährungen angereizt wurden. Und eben damit gelangte in Athen dasjenige zur Blüte, was man, ohne es genau umschreiben zu können, als „das allgemein Menschliche“ in der geistigen Entwicklung unserer Art bezeichnen muß.
Denn dies ist der Zusammenhang, dessen sachliche wie geschichtliche Gültigkeit hier behauptet wird: die allerweitesten und allgemeinsten Inhalte und Formen des Lebens sind mit den allerindividuellsten innig verbunden; beide haben ihr gemeinsames Vorstadium oder auch ihren gemeinsamen Gegner an engen Gestaltungen und Gruppierungen, deren Selbsterhaltungsbestrebungen sie in Gegensatz zu der Weite und Allgemeinheit außerhalb wie zu der freibeweglichen und selbstverantwortlichen Individualität innerhalb setzen.
Wie in der Feudalzeit der „freie“ Mann derjenige war, der unter Landrecht stand, d. h. unter dem Recht des größten sozialen Kreises, unfrei aber, wer sein Recht nur aus dem engen Kreise eines Feudalverbandes, unter Ausschluß von jenem, zog – so ist heute der Großstädter in einem vergeistigten und verfeinerten Sinn „frei“, gegenüber den Kleinlichkeiten und Präjudizierungen, die den Kleinstädter einengen.
古代においても中世においても、小都市の生活は、外に向かっての運動と関係に、また内に向かっての自立性と分化に、個人に対して制限を課していた。近代の人間ならばそのもとで息もできないであろうような制限である。今日でもなお、小都市に置かれた大都市人は、少なくとも種類の同じ窮屈さを感じる。そうした円が小さければ小さいほど、境界を溶かすような他者との関係が乏しければ乏しいほど、その円は個人の成果を、暮らしぶりを、心の傾きを、それだけ不安げに見張るのであり、量的・質的な独自性は、それだけたやすく全体の枠を破ってしまうことになる。
この点で、古代のポリスは小都市の性格をもっていたように見える。遠近の敵からその存立が絶えず脅かされていたことが、政治的・軍事的な事柄におけるあの厳格な結束を、市民による市民の監視を、全体の個人に対するあの嫉妬をもたらした。それは個人の私的な生をあまりに抑えつけたので、彼は自分の家のうちで専制君主としてふるまうことによってしか、埋め合わせを得られなかったのである。
アテナイの生の途方もない動きと昂ぶり、その比類のない色彩の豊かさは、おそらく次のことから説明される。すなわち、比較を絶して個性的に出来あがった人々からなる民族が、脱個性化する小都市の絶え間ない内的・外的な圧力に抗して闘っていた、ということから。これが緊張の雰囲気を生み、そのなかで弱い者は押さえつけられ、強い者はもっとも情熱的な自己貫徹へと駆り立てられた。そしてまさにそのことによってアテナイに開花したのが、精確に言い表すことはできないながら、われわれの種の精神的な発展における「一般的に人間的なもの」と呼ぶほかないものであった。
というのも、ここで主張されるのは、事実としても歴史としても妥当する次の連関だからである。生のもっとも広く、もっとも一般的な内容と形式は、もっとも個性的なそれと内面において固く結ばれている。両者には共通の前段階があり、あるいはまた共通の敵がある——狭い形成体と集団分けとがそれであって、それらは自己保存に努めるあまり、外にひろがる広さと一般性に対しても、内で自由に動き自己責任を負う個性に対しても、等しく敵対することになるのである。
封建の時代に「自由な」人間とは、国の法、すなわちもっとも大きな社会的な円の法のもとに立つ者のことであり、「不自由な」人間とは、その大きな円から排除されて、封建的な結合という狭い円からのみ自分の権利を汲む者のことであった。それと同じように、今日の大都市人は、小都市の人間を締めつける小心と予断に対して、精神化され洗練された意味において「自由」なのである。
Denn die gegenseitige Reserve und Indifferenz, die geistigen Lebensbedingungen großer Kreise, werden in ihrem Erfolg für die Unabhängigkeit des Individuums nie stärker gefühlt, als in dem dichtesten Gewühl der Großstadt, weil die körperliche Nähe und Enge die geistige Distanz erst recht anschaulich macht. …es ist offenbar nur der Revers dieser Freiheit, wenn man sich unter Umständen nirgends so einsam und verlassen fühlt, als eben in dem großstädtischen Gewühl.
denn hier wie sonst ist es keineswegs notwendig, daß die Freiheit des Menschen sich in seinem Gefühlsleben als Wohlbefinden spiegele.
というのも、もっとも大きな円がもつ精神的な諸条件のあの内的留保と無関心の構えは、個人の自立性に対するその作用において、大都市のもっとも密集した雑踏のうちでよりも強く感じられることはないからである。身体の近さと狭さが、精神的な距離をはじめて本当に明らかにするのだ。ときとして、大都市の人ごみのうちでほど孤独で見捨てられたと感じる場所がほかにない、というのは、明らかにこの自由の裏面にすぎない。
ここでも他の場合と同じく、人間の自由がその感情生活のうちに快適さとして映し出されねばならぬ理由は、決してないのである。
Es ist nicht nur die unmittelbare Größe von Bezirk und Menschenzahl, die, wegen der weltgeschichtlichen Korrelation zwischen der Vergrößerung des Kreises und der persönlichen, innerlich-äußerlichen Freiheit, die Großstadt zum Sitz der letzteren macht. Die Städte sind zunächst die Sitze der höchsten wirtschaftlichen Arbeitsteilung.
Sie erzeugen in extremem Maße solche Erscheinungen wie in Paris den einträglichen Beruf des quatorzième: Personen, die durch Schilder an ihren Wohnungen kenntlich und zur Diner-Stunde in entsprechendem Kostüm bereit sind, um schnell herangeholt zu werden, wo sich in einer Gesellschaft 13 am Tisch befinden.
円の拡大と、人格の内的にして外的な自由とのあいだの普遍史的な相関ゆえに、大都市をその自由の座にしているのは、区域と人の数の直接の大きさだけではない。都市はまず第一に、経済的な分業がもっとも高度に進んだ座である。
都市はきわめて極端な事例を生み出す。たとえばパリで報酬を得ていた「カトルジエム(quatorzième)」という職業がそれである。彼らは家の看板で自分を宣伝し、食事どきにふさわしい身なりをして待機している。食卓に十三人が座ってしまった家から、急な呼び出しがかかるのに備えて。
Gerade im Maße ihrer Ausdehnung bietet die Stadt immer mehr die entscheidenden Bedingungen der Arbeitsteilung: einen Kreis, der durch seine Größe für eine höchst mannigfaltige Vielheit von Leistungen aufnahmefähig ist, während zugleich die Zusammendrängung der Individuen und ihr Kampf um den Abnehmer den Einzelnen zu einer Spezialisierung der Leistung zwingt, in der er nicht so leicht durch einen anderen verdrängt werden kann.
Das Entscheidende ist, daß das Stadtleben den Kampf für den Nahrungserwerb mit der Natur in einen Kampf um den Menschen verwandelt hat, daß der umkämpfte Gewinn hier nicht von der Natur, sondern vom Menschen gewährt wird. Denn hier liegt nicht nur die Quelle der erwähnten Spezialisierung, sondern eine tiefere: der Anbietende muß in dem Umworbenen immer neue und eigenartigere Bedürfnisse hervorzurufen suchen.
Die Notwendigkeit, seine Leistung zu spezialisieren, um eine noch nicht ausgeschöpfte Erwerbsquelle, eine nicht leicht ersetzbare Funktion zu finden, drängt auf Differenzierung, Verfeinerung, Bereicherung der Bedürfnisse des Publikums, die ersichtlich zu wachsenden personalen Verschiedenheiten innerhalb dieses Publikums führen müssen.
まさにその広がりに応じて、都市はますます分業の決定的な諸条件を提供する。すなわち、その大きさによってきわめて多様な成果を吸収しうる円であること。そして同時に、個人が密集し、顧客をめぐって争わねばならないことが、個人を、他人に容易には取って代わられない成果の専門化へと強いること。
決定的なのは、都市生活が、食い扶持をめぐる自然との闘争を人間をめぐる闘争へと変えてしまったということである。ここで争われる利得は、自然から与えられるのではなく、人間から与えられる。ここにこそ、いま述べた専門化の源泉があるだけでなく、より深い源泉がある。すなわち、売り込む側はつねに、言い寄る相手のうちに、いっそう新しく、いっそう独特な欲求を呼び起こそうと努めねばならないのだ。
まだ汲み尽くされていない収入の源泉を、また容易には取り替えのきかない機能を見いだすために、自分の成果を専門化しなければならないという必然性が、公衆の欲求の分化・洗練・豊富化へと駆り立てる。そしてそれは明らかに、この公衆の内部における人格的な差異の増大へ導かずにはいない。
In dem gleichen Sinne wirkt ein unscheinbares, aber seine Wirkungen doch wohl merkbar summierendes Moment: die Kürze und Seltenheit der Begegnungen, die jedem Einzelnen mit dem anderen – verglichen mit dem Verkehr der kleinen Stadt – gegönnt sind.
Hierdurch liegt die Versuchung, sich pointiert, zusammengedrängt, möglichst charakteristisch zu geben, außerordentlich viel näher, als wo häufiges und langes Zusammenkommen schon für ein unzweideutiges Bild der Persönlichkeit im anderen sorgt.
Zunächst die Schwierigkeit, in den Dimensionen des großstädtischen Lebens die eigene Persönlichkeit zur Geltung zu bringen. Wo die quantitative Steigerung von Bedeutung und Energie an ihre Grenze kommen, greift man zu qualitativer Besonderung, um so, durch Erregung der Unterschiedsempfindlichkeit, das Bewußtsein des sozialen Kreises irgendwie für sich zu gewinnen – was dann schließlich zu den tendenziösesten Wunderlichkeiten verführt, zu den spezifisch großstädtischen Extravaganzen des Apartseins, der Kaprice, des Pretiösentums, deren Sinn gar nicht mehr in den Inhalten solchen Benehmens, sondern nur in seiner Form des Andersseins, des Sich-heraushebens und dadurch Bemerklichwerdens liegt – für viele Naturen schließlich noch das einzige Mittel, auf dem Umweg über das Bewußtsein der anderen irgend eine Selbstschätzung und das Bewußtsein, einen Platz auszufüllen, für sich zu retten.
これと同じ方向に、一見取るに足りない一つの要因が働いている。その作用は、しかし積み重なって感知しうるほどに決定的なものとなる。すなわち、大都市においては、めいめいが互いに会う機会が、小都市の交際に比べてはるかに短く、まれである、ということだ。
そこから、できるだけ尖った形で、凝縮した形で、特徴的な形で自分を示そうとする誘惑が生まれる。持続的で反復される交際が可能な場合よりも、はるかに強い誘惑である。
まず立ちはだかるのは、大都市の生の規模のうちで自分自身の人格を通用させることの難しさである。意義とエネルギーを量的に高めていってもその限界に突き当たるところでは、人は質的な特殊化に手を伸ばす。差異への感受性を刺激することによって、社会的な円の意識を何とかして自分のほうへ引き寄せるために。
そしてついに人間は、もっとも意図的な奇癖を身につけるよう誘われる。すなわち、大都市に特有な、身をひきはなす奇矯さ、気まぐれ、気取りの数々である。それらの意味は、もはやそうしたふるまいの内容のうちには少しも含まれていない。意味があるのはその形式、すなわち他と違っているという形式、目立ち、そのことによって注目されるという形式のほうだ。多くの性格の者にとってそれは、他人の意識という迂路を通じて、いくらかの自尊心と、自分が場所を占めているという意識とを自分のために救い出す、最後の手段なのである。
Der tiefste Grund indes, aus dem grade die Großstadt den Trieb zum individuellsten persönlichen Dasein nahelegt, scheint mir dieser: die Entwicklung der modernen Kultur charakterisiert sich durch das Übergewicht dessen, was man den objektiven Geist nennen kann, über den subjektiven.
In der Sprache wie in dem Recht, in der Produktionstechnik wie in der Kunst, in der Wissenschaft wie in den Gegenständen der häuslichen Umgebung ist eine Summe von Geist verkörpert, zu deren täglichem Wachsen die geistige Entwicklung der Subjekte nur sehr unvollständig und in immer weiterem Abstand folgt.
しかし、大都市がもっとも固有な人格的存在への渇望へと働きかける、そのもっとも深い原因は、次のことと結びついている。すなわち、近代文化の発展は、主観的精神に対する客観的精神と呼びうるものの優位によって特徴づけられる、ということである。
言語においても法においても、生産技術においても芸術においても、学問においても家庭の身のまわりの品々においても、そこには精神の総和が体現されている。そしてその日ごとの増大に対して、諸個人の精神の発展は、きわめて不完全にしか、しかもますます開いてゆく隔たりをもってしか、追いついてゆかない。
Diese Diskrepanz ist im wesentlichen der Erfolg wachsender Arbeitsteilung; denn eine solche verlangt vom Einzelnen eine immer einseitigere Leistung, deren höchste Steigerung seine Persönlichkeit als ganze oft genug verkümmern läßt.
Dem Überwuchern der objektiven Kultur ist das Individuum weniger und weniger gewachsen. Vielleicht weniger bewußt, als in der Praxis und in den dunkeln Gesamtgefühlen, die aus ihr entstammen, ist es zu einer Quantité négligeable herabgedrückt, zu einem Staubkorn gegenüber einer ungeheuren Organisation von Dingen und Mächten.
この乖離は、本質的には、増大する分業の成果である。というのも分業は個人に対して、ますます一面的な成果を要求し、その最高度の亢進はしばしば、個人の全体的な人格を萎縮させてしまうからである。
客観的文化のこの繁茂に対して、個人はますます太刀打ちできなくなる。おそらくは意識のうえでよりも、実践のうちで、またそこから生じてくる暗い全体感情のうちで、個人は取るに足らぬ量(quantité négligeable)へと押し下げられている——事物と諸力の途方もない組織を前にした、一粒の塵へと。
Die Großstädte sind die eigentlichen Schauplätze dieser über alles Persönliche hinauswachsenden Kultur.
大都市こそは、あらゆる人格的なものを超えて成長してゆくこの文化の、本来の舞台である。
Hier bietet sich in Bauten und Lehranstalten, in den Wundern und Komforts der raumüberwindenden Technik, in den Formungen des Gemeinschaftslebens und in den sichtbaren Institutionen des Staates eine so überwältigende Fülle krystallisierten, unpersönlich gewordenen Geistes, daß die Persönlichkeit sich sozusagen dagegen nicht halten kann.
Das Leben wird ihr einerseits unendlich leicht gemacht, indem Anregungen, Interessen, Ausfüllungen von Zeit und Bewußtsein sich ihr von allen Seiten anbieten und sie wie in einem Strome tragen, in dem es kaum noch eigener Schwimmbewegungen bedarf.
ここには、建築物と教育施設のうちに、空間を克服する技術の驚異と快適さのうちに、共同生活の形成物のうちに、そして国家の目に見える制度のうちに、結晶化し非人格的なものとなった精神が、あまりにも圧倒的な充実をもって差し出されている。そのため人格は、いわばそれに対して自分を支えきれない。
一方では、生は人格にとって限りなく容易にされる。刺激も、関心も、時間と意識を満たすものも、四方から差し出されてきて、人格をひとつの流れのように運んでゆく。そこではもはや、自分で泳ぐ動作もほとんど要らないのである。
Andererseits aber setzt sich das Leben doch mehr und mehr aus diesen unpersönlichen Inhalten und Darbietungen zusammen, die die eigentlich persönlichen Färbungen und Unvergleichlichkeiten verdrängen wollen, so daß nun gerade, damit dieses Persönlichste sich rette, es ein Äußerstes an Eigenart und Besonderung aufbieten muß; es muß dieses übertreiben, um überhaupt noch hörbar, auch für sich selbst, zu werden.
だが他方で生は、ますますこうした非人格的な内容と提供物から組み立てられてゆく。それらは、本来的に人格的な色合いと比較不可能性とを押しのけようとする。だからこそ、まさにこの最も人格的なものが自分を救おうとすれば、独自性と特殊化とを極限まで振り絞るほかない。しかも、それを誇張しなければならない。そうしなければ、もはや誰にも——自分自身にすら——聞こえないからである。
Die Atrophie der individuellen durch die Hypertrophie der objektiven Kultur ist ein Grund des grimmigen Hasses, den die Prediger des äußersten Individualismus, Nietzsche voran, gegen die Großstädte hegen; aber auch ein Grund dafür, daß sie grade in den Großstädten so leidenschaftlich geliebt werden, ja, daß sie dem Großstädter als die Verkünder und Erlöser seiner unbefriedigtesten Sehnsucht erscheinen.
客観的文化の肥大による個人的文化の萎縮——これこそが、極端な個人主義の説教者たち、なかんずくニーチェが大都市に対して抱いた、あの憤怒に満ちた憎悪の一つの理由である。だがそれはまた、彼らがまさにその大都市においてこれほど情熱的に愛され、大都市人にとって、満たされることのない最も深い憧れの予言者にして救い手と映る、その理由でもあるのだ。
Fragt man nach der geschichtlichen Stellung dieser beiden Formen des Individualismus, die von den quantitativen Verhältnissen der Großstadt genährt werden – der individuellen Unabhängigkeit und der Ausbildung persönlicher Sonderart –, so gewinnt die Großstadt einen ganz neuen Wert in der Weltgeschichte des Geistes.
Das 18. Jahrhundert fand das Individuum in vergewaltigenden, sinnlos gewordenen Bindungen politischer und agrarischer, zünftiger und religiöser Art vor – Bindungen, die dem Menschen eine unnatürliche Form und längst ungerechte Ungleichheiten aufzwangen.
In dieser Lage entstand der Ruf nach Freiheit und Gleichheit – der Glaube an die volle Bewegungsfreiheit des Individuums in allen sozialen und geistigen Verhältnissen, die sogleich in allen den gemeinsamen edlen Kern würde hervortreten lassen, wie die Natur ihn in jeden gelegt und Gesellschaft und Geschichte ihn nur verbildet hätten.
大都市の量的な関係が育てあげたこの二つの個人主義の形式——個人的な自立と、人格的な独自性の形成——について、その歴史的な位置を問うならば、大都市は精神の世界史のうちでまったく新しい価値を獲得する。
一八世紀は、個人が、暴力的で意味を失った束縛のうちにあるのを見いだした。政治的、農業的、ギルド的、宗教的な種類の束縛である。それらは人間に不自然な形を、そしてとうに正当性を失った不平等を強いていた。
この状況のうちから、自由と平等への呼びかけが生じた。すなわち、社会的にも精神的にもあらゆる関係において個人が完全に自由に動きうるという信念であり、それによって、自然が万人のうちに等しく置いたのに社会と歴史が歪めただけであった高貴な核心が、ただちに立ち現れてくるという信念である。
Neben diesem Ideal des Liberalismus wuchs im 19. Jahrhundert, durch Goethe und die Romantik einerseits, die wirtschaftliche Arbeitsteilung andererseits, das weitere auf: die von den historischen Bindungen befreiten Individuen wollen sich nun auch von einander unterscheiden.
Nicht mehr der "allgemeine Mensch" in jedem Einzelnen, sondern gerade qualitative Einzigkeit und Unverwechselbarkeit sind jetzt die Träger seines Wertes.
この自由主義の理想と並んで、一九世紀には、一方ではゲーテとロマン主義を通じて、他方では経済的な分業を通じて、もう一つの理想が育っていった。歴史的な束縛から解き放たれた個々人は、いまや互いに区別されることをも欲したのである。
もはや個々人のうちの「一般的人間」ではなく、まさに質的な一回性と取り違えのきかなさこそが、いまや彼の価値の担い手なのだ。
Es ist die Funktion der Großstädte, den Platz für den Streit und für die Einungsversuche beider herzugeben, da ihre eigentümlichen Bedingungen sich uns als Gelegenheiten und Reize für die Entwicklung beider offenbaren.
大都市の機能とは、この両者の抗争のための、そして両者を一つにしようとする試みのための、場所を提供することにほかならない。大都市に固有の諸条件が、われわれにとって、その両方を発展させる機縁としても刺激としても開けてくるからである。
Damit gewinnen sie einen ganz einzigen, an unübersehbaren Bedeutungen fruchtbaren Platz.
Indem solche Mächte in die Wurzel wie in die Krone des ganzen geschichtlichen Lebens eingewachsen sind, dem wir in dem flüchtigen Dasein einer Zelle angehören – ist unsere Aufgabe nicht, anzuklagen oder zu verzeihen, sondern allein zu verstehen.
それによって大都市は、見渡しがたいほど豊かな意味をはらんだ、まったく一つきりの場所を獲得する。
そうした力が、歴史的な生の全体の——われわれがそこに一個の細胞のうつろいやすい存在として属している、その全体の——根にも冠にも入り込んで育っている以上、われわれの課題は、告発することでも赦すことでもなく、ただひたすら理解することである。
この二十数頁は、都市社会学という分野の実質的な出発点になりました。経路もはっきりしています。アメリカの社会学者ロバート・E・パークは一八九九年からベルリンに学び、ジンメルの講義を聴いています。彼が一九一五年に書いた綱領的論文「都市」は、この一篇の問題設定をほぼそのまま調査計画に翻訳したものでした。その系譜からシカゴ学派が生まれ、ルイス・ワース「生活様式としてのアーバニズム」(一九三八年)が「規模・密度・異質性」という三変数に整理したとき、ジンメルの神経生理学的な語りは操作可能な社会学的変数に置き換えられます。
もう一つの経路は文芸批評の側です。ヴァルター・ベンヤミンとジークフリート・クラカウアーはジンメルを読んでおり、群衆のなかの遊歩者、注意の散逸、ショックといったベンヤミンの主題は、この論文の刺激と防御の図式を受け継いでいます。心理学の側では、スタンリー・ミルグラムが一九七〇年に「都市生活の経験」で「過負荷(overload)」概念を定式化し、援助行動の減少などを実験的に扱いました。ジンメルの直観のうち、少なくとも刺激過剰が社会的応答性を下げるという部分は、部分的な経験的裏づけを得たと言えます。
賞賛だけを書くのはこの論文に対して不誠実なので、弱点も挙げます。
にもかかわらずこの一篇が読み継がれているのは、結論の正しさによってではなく、問いの立て方によってです。都市を人口や建築や行政としてではなく、そこに住むことによって人間の心が取らざるをえなくなる形式として見る——この視角は、いったん手に入れると外せません。
そしてもう一つ。ジンメルは大都市について、擁護も告発もしない結論を最後まで守り抜きました。同時代の都市論の大半が、進歩の讃歌か退廃の嘆きのどちらかに落ちたことを思えば、これは容易なことではありません。両義性を最後まで両義性のまま提出すること——それが、この論文が今日の読者に対してもつ一番の強みです。倦怠と自由が同じ根から生えていること、内的留保が疎外であると同時に社会化の形式であること、目立とうとする奇矯さが虚栄であると同時に自己保存であること。どれも、片方だけを取り出した瞬間に嘘になります。
ジンメルは、大都市が個人に強いる刺激の過剰を論じながら、その刺激が誰かによって設計されている可能性をまったく考えません。広告も、掲示も、陳列も、この論文では自然現象のように降ってきます。刺激の配置が経済的な意図の産物でありうるという発想——それを持ち込んだのはベンヤミンであり、さらにその先の批判理論でした。一九〇三年のジンメルにとって、大都市の感覚的環境はまだ「気候」であって「作品」ではなかったのです。注意そのものが売買される現在から振り返ると、この不在は目を惹きます。
本稿は【全訳+要所対訳】です。左段のドイツ語は、下記の公開転写と段落単位で照合し、字句を確定できた箇所を掲げています。訳は原文から起こしたものです。まず校合によって原文を確定し、確定した原文だけを左段に置き、その左段から右段を訳しました(この手順に改めた経緯は訳注4に記します)。したがって右段は左段の訳であり、原典にない補足や敷衍は含みません。右段の訳は論文全体をカバーしており、一段落も飛ばしていません。正書法は一九〇三年当時のもの(daß、giebt、Bewußtsein 等)に統一しました。転写のなかには現行正書法に改めたものがあり、その場合も旧綴りを採っています。初出誌面そのものとの照合は行っていないため、句読点・組版の細部において異同がありうることをお断りします。厳密な引用が必要な場合は、初出(『ゲーエ財団年報』第9巻)または『ジンメル全集』第7巻(Suhrkamp, 1995)所収のテクストをご参照ください。訳文は本サイト用の新訳で、原文の長い懸垂構文はいくつかの箇所で切って訳しました。主要な訳語の選択については訳注2・3・8に記しています。小見出し(1〜12)は原文になく、訳者が読みやすさのために立てたものです。
次に読むなら:ジンメル「よそ者についての補説」(一九〇八年、『社会学』所収。近いのに遠い、という関係の形式を七頁で描ききった小品)/ロバート・E・パーク「都市——都市環境における人間行動の研究のための諸提案」(一九一五年。本篇の問いをそのまま調査計画に翻訳した、シカゴ学派の綱領)/マックス・ヴェーバー「職業としての学問」(一九一九年。同じ「脱魔術化した世界でどう生きるか」という問いを、都市ではなく学問の側から扱った講演)。